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2012.01.28

タイ (1-13)長い一日の終わり in バンコク

プラ・プームが最後の目的地――と言いつつも、ここまで来たついでにサヤーム界隈のもう一つの巨大ショッピングセンター、セントラル・ワールドへ。日本の伊勢丹も入居しており、すぐ西側のサヤーム・パラゴンとはライバル関係にあるとか。昨年の赤シャツVS黄シャツの抗争の最中、一部暴徒化したタクシン派のデモ隊によって放火・略奪され、建物が一部崩落するなど大きな被害が出たそうだが、外観についてはほぼ復旧が完了し、当時の爪痕を見ることは出来なかった。

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《セントラル・ワールド前の広場にて》

ラーチャダムリ通りをまたぐ歩道橋の上から北方向を望む。この一枚にバンコクの繁栄が凝縮されているという趣だが、それだけにタクシン派の支持基盤である貧困層の怒りの矛先がこの界隈に向いたという理由もそれなりに納得がいく。

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同じ歩道橋からラーマ1世通りとの交差点を撮影。時刻は午後4時40分、そろそろ夕方のラッシュが始まろうかという頃である。もう既にここを先頭に酷く渋滞しており、交差点の中はぐちゃぐちゃ。人口900万のメガロシティに未だに高架鉄道2本と地下鉄1本しか整備されていないのだから、信じ難い話である。

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今度こそホテルへ帰るべく、東へ150m程のBTSチットロム(Chit Lom)駅へ。サヤーム駅での乗り換えは今回の旅では唯一となる逆方向への乗り換えとなったが、上下線のホームは二層構造になっているため、エスカレーターを一本上り下りするだけで済む。ウォンウィエンヤイ方面のホームから望むサヤーム駅の南側は更地になっているが、どうやらここも暴徒の放火によって建物が焼失した跡地らしい。短い滞在期間中に何度も見ることになったこの風景が、昨年の大規模デモを偲ばせる唯一の面影であった。

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サパーン・タクシン駅から途中のセブンイレブンで買い物をしつつ、午後5時30分前に我が城に帰還。あの騒々しい街から静かな部屋に戻ってくるとホッとする。こんなに早く帰ってきた訳としてはもちろん病み上がりの体をいたわってということもあるが、部屋のベランダからバンコクに沈む夕日を真正面に眺めることが出来るため。日没時刻は午後6時なのだが、日が落ちていく先には厚い雲がかかっており、どうやら30分後を待たずして今日の所は敗戦確定のようだ。ルブアにはもう一泊するので、明日のチャンスに賭けてみよう。

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《ベランダから本日最後の太陽を眺める》

冷蔵庫を開けてみると、中にはウェルカムフルーツが。本来はチェックイン後すぐに持ってきてくれるはずなのだが、早朝のチェックインだったためだろうか。夕食はどうしようと考えていたのだが、今日の昼食は遅かったし、あまり食欲もないので今夜はこのフルーツで済ませてしまうことにした。ちなみに高級ホテルらしくハウスキーピングは昼・夕方の二回行われ、室内はこまめに清掃・整頓の手が入っている。シャワー中にベルが鳴ったのでびっくりしたが、何だろうと思いきや扉の下にこのハウスキーピングの不在票が入っていたのだった。

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《ウェルカムフルーツ》

しばらくベランダで夕暮れを眺めた後、シャワーで汗を洗い流す。バンコクの水道水は飲用には適しておらず、ガイドブックや旅行案内には必ずミネラル・ボトルドウォーターを飲むようにとアドバイスがあるが、確かにシャワーの湯には塩素をきつくしたような臭いがある。洗面台にも「これで口をゆすいでね」とばかりにペットボトルの水が置いてあるが、流石にそこまでヤワな体ではないので、こちらは飲み水用に流用した。ここでちょっとしたトラブルとして、シャワーの湯が途中からぬるくなり、いつまで経っても温度が戻らないという事態が発生。体を洗った後に浸かろうとバスタブに予め熱いお湯を張っておいたので、風邪はひかずに済んだのだが、安宿じゃああるまいし、こういう所はしっかりとしてもらいたい。

入浴・夕食?・洗濯を済ませ、PCでデジカメ写真の整理をしつつ、夜景を肴にセブンイレブンで買った瓶入りカクテルを飲むことに。「BREEZER」というブランドで、これはライム味。お値段は53B(=135円)で、こちらの物価水準ではなかなかの“高級品”である(ちなみに500mlのコカコーラは17B(=40円))。瓶のフタが王冠だったので、フロントに電話するとすぐに栓抜きを持って来てくれた。

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《BREEZER・ライム》

飛行機の機内でわずかに仮眠を取ったのみで、昨日の朝から約40時間起きっぱなしの二日間であったが、旅の興奮は例えるならば合法の覚醒剤。ほろ酔い気分でクールダウンし、そのまま眠りにつく。初日からなかなかハイテンションで飛ばしてしまったが、まだ旅は始まったばかりである。

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《バンコクの夜は更けて…》

今日の歩数カウント:26,350歩
 (前日の自宅→空港を含む)

(2011.12.09)

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2012.01.24

タイ (1-12)Bangkok, High and Low

BTS両路線の高架が頭上を横切る、パヤータイ通り(Phayathai Road)とラーマ1世通り(Rama 1 Road)の交差点からサヤーム界隈へと入っていく。ここはバンコクの代表的な繁華街で、「タイの東大」とも呼ばれる国内最高峰の名門大学・チュラーロンコーン大学に隣接していることから、10~20代の若者の流行発信基地でもあるという。

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《サヤームスクエアにて》

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《サヤーム・ディスカバリー・センター前からラーマ1世通りを東向きに撮影》

とはいっても私はショッピングには興味がないので、社会見学ということでラーマ1世通り沿いのショッピングセンターへ手当たり次第に入っていくことに。高級ブランドのショップが並ぶさまは、「もう発展途上国なんて言わせない!」という気概が伝わってくるようでもあり、しかし直前にあのゴミだらけの運河を見てきた目にはその輝きもどこか褪せがちでもあったり。

ショッピングセンターの一角ではこんな若者向けのイベントも。中国の歌手兼俳優のサイン会のようだ。

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敬虔な仏教徒が国民の大多数を占めるタイらしく、近代的なSCにもこのような祭壇が。

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サヤーム・ディスカバリー・センター→サヤーム・センターと巡り、目覚しい経済発展を遂げるタイを象徴する存在である巨大高級デパート、サヤーム・パラゴンへ。地下には水族館もあり(入り口で割引券をもらいました)、まだまだ貧富の差の大きいタイの光と影のうち、まさしく「光」の部分の権化とも言えようか。

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《サヤーム・パラゴンの外観》

中を少しだけ歩いてみた。エントランス付近は流石に賑わっていたものの、奥へ進むにつれて人通りはガクッと減り、空間の使い方がこなれていないのかデッドスペースが多くガランとした印象。そろそろ疲れてきたこともあってさっさと外へ出てくる。

ところで4日前の12月5日は、現タイ国王であるラーマ9世、通称プミポン国王の誕生日。今年で御年84歳とのことで、50年に一度ともいわれる大洪水に見舞われた受難のこの年もタイ全土が祝賀ムードに包まれたそうで、随所で下の写真のような国王の若かりし頃の肖像画を目にした。

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《サヤーム・パラゴン前のプミポン国王の肖像画》

タイの王室も日本の皇室と同様に象徴的存在で政治には基本的に関与しないが、王室のプロジェクトとして国王自ら慈善活動に率先して取り組んでいるため、国民の敬愛を一身に集めているとのこと。日本で皇室LOVEの思想を明け透けにすれば下手をすると右翼扱いされかねないが、こちらではぐっと身近な存在である。タイは日本を除いては事実上アジアで唯一、欧米諸国の植民地化を免れた国でもあり、これも当時の国王が国際情勢に精通しており、巧みな外交手腕を発揮したため。このような実績が伴ってこそ、愛される存在なのである(とはいえ一部には王制に対する批判もあるし、「不敬罪」というある意味前時代的な法律でそれらを押さえつけているという一面もあるが)。現在の王朝であるチャクリー王朝(ラッタナコーシン王朝とも)の起源は1782年なので、今日で約230年。2600年以上の歴史を擁する、現存する世界最古の王朝である日本の天皇家と比べればままごとのようなレベルではあるものの、日本人にとっては馴染みやすい。長きに亘って独立を維持していただけあって、街を歩いていてもやはり過去植民地化された国々にはない、独特で深遠な空気を感じ取ることが出来た。

今日最後の目的地であるプラ・プームへは、BTSの高架の真下を通る歩道橋を使って移動。ラーマ1世通りとラーチャダムリ通り(Ratchadamri Road)との交差点の南東、ビルに囲まれた角にそれはある。ヒンドゥー教の神・ブラフマー(梵天)を祀る祠で、なんでもタイで最も霊験あらたかな、願掛けの聖地のよう場所。今風の言い方ではパワースポットというやつである。

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《歩道橋の上からプラ・プームの敷地を見下ろす》

地上に降りて敷地内へ向かうと、祠の周りには黄色い花輪とお香・ろうそくの「お供えセット」を売る出店が並んでおり、私も「買ってってよ!」なんて声を掛けられてしまう。悪いけど私は神様なんて一切信じないのだが、一応信心のあるフリをして見て回ることに。さすがタイ一のパワースポット、参拝者は老若男女満遍なく揃い、膝をついて熱心にお祈りをしている。

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《プラ・プーム》

ヒンドゥー教で神の使いとして崇められるゾウの像。そしてまたタイを象徴する動物でもある。パオ~ン!!

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奥の建物にはタイの伝統舞踊の女性ダンサーが常時待機し、見事願いが成就した人のお礼として、生演奏つきで奉納の踊りが行われる。10分もいれば必ず見られるほど頻繁に踊っており、すぐ横のベンチには衣装をつけたまま「非番」の彼女たちがおしゃべり。もちろん有料ではあるが(見る方は無料)、金額に応じてきっちり人数が変わるのはなかなかシビアである。私が偶々見た時は最大の8人フル稼働だったが、やはり大願成就すると財布の紐も緩くなるのだろうか。

プラ・プーム前からおまけの一コマ、信号待ちのバイクの塊。台湾、特に台北でも凄かったが、こちらも如何にもアジア~な風景である。ちなみにバイクが塞いでいる横断歩道、青なんですが…。バンコクでは歩行者は実に虐げられている。

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今日の出来事はあと一エントリ続きます。

(2011.12.09)

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2012.01.20

タイ (1-11)天使の都、死の運河

BTS国立競技場駅で下車し、「Jim Thompson House」の案内表示に従って路地を北へ。そのジム・トンプソンの家、元アメリカの諜報員で後にタイシルクの事業で財を成した実業家、ジム・トンプソンが住んでいた家を博物館にしたもの。現在でも彼の名を冠したブランドはタイシルクのトップブランドとして世界にその名を轟かせている。

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《ジム・トンプソンの家・入り口》

…のだが、ここの内部見学はあまり好きではないガイドについて回る方式なので、今回の旅では時間の余裕がないこともあって華麗にスルー。敷地のすぐ北を流れるセーンセープ運河(Khlong Saen Saeb)へ。

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《セーンセープ運河。ジム・トンプソンの家の前から西方向を向いて》

水の都と称されるバンコクではあるが、バンコク都内を流れる川はチャオプラヤー川一本のみなので、残りはすべて運河か水路。このセーンセープ運河もバンコクの代表的な運河のひとつである。運河の畔に建つのは低層の住宅ばかりで、繁華街が隣接した地区とは思えないほどの静寂に包まれていた。

しかしこのセーンセープ運河、とにかく


破滅的に水が汚い


のである。上の写真のように遠目に見れば結構風情のある絵になるのだが、流れは淀みきっており、気のせいか水面がブクブクと泡立っているように見える。あまりの水の汚さに水面にカメラのレンズを向けるのも躊躇してしまうほどで、そしてほのかにドブ臭い。もし運河に落ちでもしたらきっとただでは済まないだろう。日本でも高度経済成長期の工業地帯なんかにはこのレベルの汚染された川などゴロゴロしていたのかもしれないが、時は21世紀。しかもここは東南アジア屈指の国際都市で、そのうえ外国人の目にも容易に触れる場所である。表層的には繁栄を謳歌するバンコクではあるが、何だか先進国と中進国の越えられない壁のようなものを痛切に感じてしまった。

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《上の写真とほぼ同じポイントから東方向を向いて》

とはいえ、なるべく水面を視界に入れないようにさえすれば、都会のエアポケットのような静かな散策道である。恐ろしいことにこの運河には定期ボートが運航されており、慢性渋滞の道路を避けての通勤・通学ルートとしても利用されているらしい。水しぶきがかかるだけでも肌の弱い人は腫れを起こすとかで、乗船中はビニールシートで必死にしぶきを避けるのだとか。なんちゅー乗り物なのだそれは。今は昼間ということもあってボートの姿を見ることはなかったのだが、そこまでしても通勤・通学時間の短縮にかける意気込みというものに、ある種の逞しさを感じてしまう。

岸辺を東へ歩いていくと、大通りをくぐるところで歩道が途切れてしまう。結局そのまま大通りを南下。早朝パヤータイ駅から乗車したBTSの高架を辿っていくと、すぐにバンコク随一のショッピングエリア、サヤームスクエアである。

(2011.12.09)

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2012.01.15

タイ (1-10)Interlude @ Chong Nonsi

バンコクBRTの都心側の終着駅であるサートーン駅。BTSと連絡しており、こちらの駅名は「チョンノンシー(Chong Nonsi)」である。この駅の周辺は近年再開発されたそうで、現代的なデザインの高層ビルが林立するビジネスエリア。同じく再開発地区である東京の汐留あたりに居るような印象である。

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《チョンノンシーのシンボルである歩道橋》

さてさて時刻は午後1時45分。食事といえば早朝…というより夜中に摂った機内食以来何も口にしていないので、そろそろ遅めの昼食といこう。アジアの旅のいいところはヨーロッパのように食事に困ることがないという点で、大都会バンコクではご予算とニーズに合わせてまさによりどりみどりといったところだが、特にバンコクで気軽な食事に便利なのがフードコート。デパートやショッピングセンターをはじめとして、ある程度の規模を持つ商業ビルには大抵入居しており、街中を歩けば探すまでもなくあちこちにある。もちろん昔ながらの屋台街も多いが、フードコートの方は衛生面で安心感があるし、メニューの英語表記もあるので外国人にも利用しやすい。私もチョンノンシーの交差点に面したビル(エンパイア・タワー)に適当に入ってみたところ、難なく地下のフードコートに行き当たった。

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《フードコートのようす》

バンコクのフードコートでは代金の支払いは現金ではなく、予めカウンターでそのフードコート専用のクーポンまたはプリペイドカードを購入し(カードの方は後払い式もあり)、そのクーポン・カードで店ごとに精算。余ったらカウンターで残額を返してもらうというシステムになっている。カウンターを観察しているとここはプリペイドカード方式のようだ。ということで私も200B分をカードに入力してもらう。

店を一通り見て回り、まずは無難にカーオ・パット・クン、えびチャーハンを注文。量は少なめだが、お値段は40B(100円)と激安。飲み物にグアバジュース(17B=40円)とデザートとしてキウイゼリー(25B=70円。ワゴン販売なのでカードが使えず現金払い)を加えたが、これでもたった200円ちょっとである。チャーハンの味はそこそこだったが、やはりタイ米のパラパラ感はチャーハンにはベストマッチだ。

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空きっ腹の身にはチャーハンだけでは物足りないので、再び店を物色してチキンヌードルスープを追加。こちらも40Bほどだった。店のおばちゃんがタイ語で何かを質問してきたのだが当然分からず、やや気まずい空気が流れる中、別のお客さんの助け舟もあってどうにか「麺の種類を選ぶ」ということを理解する。別に向こうで適当に選んでくれても構わなかったのだが、粘り強く返事を待ってくれるこの律儀さが嬉しい。

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ヌードルには苦手なレバーが入っていて、「出されたものは残さず食べる」がポリシーの私ではあるが、やむなくお残しをすることに。スープの方も薬膳っぽい苦味のある味で、扁桃炎を引きずっている私には滋養に良いよ、という計らいだろうか。

というわけで腹ごしらえも済み、ここからフアラムポーン駅を出発するまでの丸2日間は普通の観光客としてバンコクを見て回ることにする。まず最初に目指すのはジム・トンプソンの家の裏手にある運河。某ガイドブックでここの水辺が散策におすすめ、と書かれていたので、バンコクならではの風景が見たいこともあってここに決める。BTSの駅に向かう途中でもう一度ナラティワートラチャナカリン通りをのぞいてみたが、相変わらずの大渋滞。これをどうにかせんが為のBRTなわけだが…。

チョンノンシー駅からジム・トンプソンの家最寄りのサナーム・キーラー・ヘン・チャート(国立競技場/National Stadium)駅へは、シーロム線でそのまま一本。

(2011.12.09)

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2012.01.06

タイ (1-9)バンコクBRTに乗ってみる

バンコクBRTの西側の始発駅、ラチャプルーク駅(Ratchaphruek)にやって来た。BRTとはBus Rapid Transit、高速なバス輸送システムということで、モノレールや新交通システムのような中量輸送機関に匹敵するサービスをバスで実現しようというシステムのことである。BRTの導入目的としては、主に

(1) 走行路が一般の道路と分離されており、高速かつ定時性に長けたサービスが提供できる
(2) 在来の道路を転用できるので低コストで整備が可能
(3) バス車両を使っているので一般路線バスとの直通運転が可能

が挙げられるが、バンコクの場合は(1)(2)のメリットを採ったタイプである。訪問時点で今回試乗するサートーン~ラチャプルーク間15kmの1路線のみが営業中だったが、来年(2012年)にはBTSスクンビット線の北の終点・モーチット(Mo Chit)からパクレット(Pak Kret)までの路線が新たに開業する予定のようだ。

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《ラチャプルーク駅ホームを外側から眺める》

ラチャプルーク駅の出発ホームは高架道路の真下にあった。現在当駅の最寄り駅は前述のタイ国鉄マハーチャイ線タラートプルー駅だが、ここにはBTSシーロム線がウォンウィエンヤイから延伸・接続する予定で、この高架道路に並行してBTSの高架線らしき構造物が出来上がっていた。BTS車内に設置された路線図式の車内案内表示装置には既にこの区間が記されていたため、実際に電車が走り始める日はそう遠くないようだ(未開業区間をテープで隠しておくなどの配慮がないのはやっぱりタイだから?)。ホーム入り口の前には普通車を20台くらい停められそうな駐車場が備わっており、訪問時は一台も停まっていなかったもののパークアンドライドを想定しているのだろうか。またこの駅には公衆トイレもあり(結構清潔)、朝ホテルを出発してから入るチャンスがなかったため、有難く使わせて頂いた。

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《ラチャプルーク駅・出発ホーム入り口》

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《用途不明の駐車場》

こうして写真に収めて回っているせいか、先ほどから案内スタッフが室内からこちらをジーっと見ており気になって仕方がないので、視線から逃れるべくさっさと室内へ。券売機があり、東の終点・サートーンまでのチケットを購入する。運賃だが、本来は距離に応じて10~25Bくらいの範囲で変動するようだが、今のところは周知期間ということなのか全線10B均一となっていた。開業は2010年5月なのでもう1年半経っていることになるが、いつまで続くのだろうか。

チケットは非接触式のICカードとなっており、カードを改札機にタッチしてホームへ進む。全駅に券売機と改札機が設置されており、バス運転手は運賃収受には一切関わらない。

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《BRTのチケット》

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《ホーム内。左の入り口から入る→正面の券売機でチケット購入→左手前の改札機を通過→右のホームへ、という流れ》

室内は冷房が効いていて快適。昼間時間帯は10分間隔で運転されており、次の13時10分発のバスを待つ乗客は10名にも満たない人数だ。すぐにサイドミラーを昆虫の触角のように生やしたバスが入線し、ホームドアの扉が開いて乗車となった。

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ホームが高床式なので、車内はノンステップ。もちろん冷房車である。BRTの先駆けであるブラジル・クリチバ市をはじめとして、世界各地には連接バスを導入してLRT並みの輸送力を確保しているケースも多いが、バンコクでは小柄な車両が使われていた。タイは左側通行(道路・鉄道共)なので一般のバスは左側に乗降扉が付いているが、BRTは島式ホームを採用(ホームが一本で済むので省スペース・省コスト)するために右側から乗降するようになっている(左にも扉はあるが未使用)。右ハンドル車からはホーム監視が容易なので、一石二鳥だろう。そんなわけで、一般の路線バスとの互換性は考慮していない設計となっている。

運転席の真後ろには左右4脚ずつのロングシートがあり、そのうち運転席と反対側の左最前席は「かぶりつき」が堪能できる特等席。もちろん私もここに腰掛ける。しかしこのBRTの車内、ノンステップとはいってもタイヤハウスやエンジン部の出っ張りが多く、座席に座る場合は18席中16席で1~2段の段差を上り下りしなければならない。なかでも最後部の4席はまるで王様の玉座のようにえらく高い位置に。ある意味アルヴェーグ式のモノレール(e.g. 東京モノレール)に通じるものがある。

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《かぶりつき席から車内を眺める》

運転席は客室から完全に隔離されているが、かぶりつき席からは丸見え。どういうわけかハンドルの真ん中にドラえもんのシールが貼ってあったり、サンシェードや業務用携帯電話のスタンドがファンシーグッズだったりする。ちなみに運転手はオッチャンです。

Fancy1 Fancy2

Fancy3

ひとしきり観察を終えたところでいよいよ出発。15kmの路線に12の駅があるが、最初のラチャプルーク~ラーマ3世橋(Saphan Phraram 3)間の駅間距離は特に長くなっている。バスは最も中央寄りの車線を快走。ほとんど信号のない幹線道路なので、駅間はほぼノンストップだ。下にBRTのルートマップを貼っておいたので、参照していただきたい。(走行ルートのみ。駅の位置については省略しています)

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《ラチャプルーク~ラーマ3世橋間を走る》


より大きな地図で バンコクBRT 第一期開業区間 ルートマップ を表示

最初の停車駅の駅名になっているラーマ3世橋でチャオプラヤー川を渡る。青空に映えるチャオプラヤー川越しに遠望する都心の高層ビル群。BRT屈指のビューポイントである。ルブアもすぐに見つかりました。

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《ラーマ3世橋から上流方向を眺める》

左岸に移ると駅がこまめに設置されている。ホームと車両の隙間を詰めるため、ホーム手前ではかなり減速して慎重に寄せていく。ホームだけを見ればまるっきりLRTそのものだ。

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《ホームに進入》

この後は右手を流れるチャオプラヤー川に沿ってラーマ3世通りをなぞっていくが、川の方は建物に隠されて見ることは出来ない。やがて前方に見えてくる斜張橋は、高速道路の橋であるラーマ9世橋。

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この区間では走行路はBRTの専用レーンではなく、「HOV」という文字とともに菱形の中に3と書かれた標識が付いている。HOVとはHigh Occupancy Vehiclesの略で、ある一定人数以上を乗せた車両に限って走行を許可するレーンを設置する仕組みのこと。相乗りを奨励するために特に交通を自家用車に依存したアメリカで普及している概念で、バンコクの場合は3人以上を乗せた車ならばBRTと同じレーンを走れるよ、という意味のようだ。

チャオプラヤー川はこの辺りではセーヌ川の如く大きく蛇行している。その中でも流路がオメガ(Ω)カーブを描く部分には半島状に挟まれた特徴的な地区があり、プラプラデーン(Phra Pradaeng)と呼ばれている。都心からわずかの距離にも拘らず半島の根元に橋が架かっているのみで、開発の手が全く入らずに昔ながらの農村地帯がそっくりそのまま残っているそうだ(モーン族という先住民の居住区ということで、開発に制限がかかっているとのこと)。衛星写真で見るとサンクチュアリとも言うべき、周辺地域でここだけが鬱蒼とした緑に覆われており、地理マニアとしてはたまらなく興味をそそられる土地である。因みにここからチャオプラヤー川の河口までは約15kmだが、実際の流路は倍以上の35kmもある。

ひたすらラーマ3世通りを走り続けてきたバスは、やがて左折してナラティワートラチャナカリン通り(Thanon Naradhiwas Rajanagarindra)へ。チャオプラヤー川に流れ込む運河を挟んで上下線が走る大通りで、もう終点サートーンまではこの通りを一直線。通過する通りは二本だけと、非常に分かり易い経路である。

ところでこのBRT、最も中央寄りの車線を走るために右折レーンよりも右側に直進レーンがあることになり、交差点では←・↑・→・↑と青信号が必ず方向別に分離されている。昔通学で毎日のように利用していた名古屋の基幹2系統バスと同じ仕組みなので既に理解済みだが、こちらのドライバーは理屈を分かっていない者が多いようで、→の青信号が表示されていなくてもBRTレーンをガンガン横切っていく。バスが接近していても気付いておらず、運転手は交差点に接近するとクラクションを鳴らし、時には急ブレーキも。基本的には専用レーン上を安定して走行できるだけに、事故防止のためにも一般ドライバーへの徹底した周知が求められる。

ナラティワートラチャナカリン通りはBRTの専用レーンが設置されており、一般レーンとはブロックで明確に区切られている。北上して都心が近づくと、3車線ある一般レーンはこの真昼間にも拘わらずほとんど身動きが取れない大渋滞。きっとドライバーはスッカラカンのBRTレーンを恨めしげに眺めているに違いない。こうした専用レーンを設置するからにはBRTのルートが旅客流動を的確に捉えているかどうかが重要で、特にバンコクのものは一般路線バスとの直通が物理的に不可能なだけあり、他の輸送モードと有機的にリンクした上で流動の「幹」となり得るかが成功の可否の鍵を握っている。

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《大渋滞の一般レーンを尻目にスイスイと進む》

13時40分、ラチャプルークからはぴったり30分で東の終点・サートーン(Sathorn)に到着する。公称通りの所要時間だったが、朝夕のラッシュ時は40~50分かかるとのこと。ナラティワートラチャナカリン通りは専用レーンなので所要時間の増加はないと考えると、やはりHOVレーンと共用するラーマ3世通りで遅延が発生してしまうのか。

そんなわけで再び名古屋を引き合いに出すと、ゆとりーとラインのような大掛かりなシステムではないものの、基幹2系統よりは手の込んだ設備とでも評せばいいだろうか。とはいえ基幹2系統がラッシュ時でも閑散時間帯とほぼ同じスピードで運行されていることを考えると(*注)、物理的な設備の充実度よりも運用面の巧拙の方がサービスレベルに於いて大きなウエイトを占めていることが分かる。道路事情については無法地帯とも呼ばれるバンコク都市圏。BRTは今後も順次路線拡張が計画されており、低コストなシステムでどこまで成果を上げられるのかに注目していきたい。

*注:バスレーンがバス専用になる平日朝に乗用車が無視してそのまま走り続けようものなら、すかさずパトカーが追いかけてきます。それ以前にも電光掲示板にナンバーつきで警告が出る徹底ぶり。

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《サートーン駅に到着したBRT車両》

(2011.12.09)

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2012.01.04

タイ (1-8)マハーチャイ線・Part4(マハーチャイ→タラートプルー→ラチャプルーク)

発車20分前。ちょっと早いが、やる事もなくなったので車内で発車を待つことにする。窓口で切符を求めると、今度もドットプリンタによる発券。全席自由席の普通列車ながら発車時刻が印刷されているが、これは一本前の列車の時刻だった。マイペンラーイ、である。

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《駅舎内からホームを眺める》

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《帰りの切符》

編成の車番を確認すると、これは往きに乗ってきたのと同じ編成。別の車両に乗り込んだのだが、同じセミクロスシートの配置ながらこちらはまさに東南アジア、というイメージの通りにボロい車両で、なんだか妙にワクワクしてくる。

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帰りも進行方向左窓側の座席。こちらの列車も程よく乗っている。ふと窓の上を見るとタイ語で何やら書いてあり、どうやらここは優先席のようだったが、閑散時間帯で席が全て埋まるはずもないから、そのまま座っておくことに。蒸し蒸しした車内でしばらくジッとしていると、ようやく列車が動いて風が吹き込んできた。往きもそうだったが、駅に改札が無いので車内改札はしっかりと行われている。とはいえこの運賃では誰も不正乗車をしようなんて気は起こさないだろうが。

ちなみにトイレは車両に付いてはいるが、垂れ流し式なので施錠されて使用は不可だった。住宅密集地も通るので当然の措置ではあるが、マハーチャイの町で公衆トイレが見つからず、ここでおしっこを済ませようと考えていただけに、がっかり…である。

以下、帰路の車窓から。湿地越しに昔ながらの家屋を眺めたり、

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かと思えば集合住宅もあったり、

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学校のすぐ前にある駅からは学生がどやどやと乗り込んできたり、

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…と、長閑ながらも活力に満ちた近郊列車の旅である。

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《ランポー駅にて》

列車は再びバンコク市街地の中へ。12時40分、終点ウォンウィエンヤイの一つ手前であるタラートプルー駅で下車する。路線両端の駅は日本人もよく訪れるためWeb上の情報も豊富だが、こちらの駅は地元民しか利用しない純ローカルな駅だ。

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《(上2枚)タラートプルー駅ホーム》

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《(上2枚)タラートプルー駅駅舎》

駅舎は路線バスも走る通りに面して北向きに建っているが、目指すBRT駅は逆の南方向。線路を横切って南側の路地へ移る。タラートプルー駅からBRTラチャプルーク駅へは、ホーム西側で線路と交わる高架道路に沿って南下すればそのまま一直線であるが、事前にGoogle Mapsで調べておいたところ、この高架道路の一本東側を並行する路地が水路に沿って走っており、こちらの方が歩いていて面白そうなのでこの路地を選択することにした。
(下に貼り付けた地図をご参照ください)


大きな地図で見る

やはり期待していたとおり、住宅ありお寺あり道端食堂ありで、庶民の飾り気の無い暮らしを垣間見られるなかなか楽しい散歩道だった。ちなみにこの路地の名前は「Soi Wat Kantayaram(カンタヤラム寺通り)」。タイ語では太い通りのことを「タノン(Thanon)」、そしてこの大通りから枝分かれして延びる路地のことを「ソイ(Soi)」と言い表し、住居表示もこの通りの名前を使って表現する。小さい路地にまで固有名が付いているのは日本では京都くらいだが、道路を基準に住所を表すのはどことなく欧米風である。

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《(上4枚)カンタヤラム寺通りにて。2枚目の写真に写っているお寺が名前の由来》

線路沿いからこの路地を500mほど南下すると幹線道路とクロスするので、くぐってすぐに右折。階段を上り、この幹線道路の歩道と合流してそのまま進めば、間もなくラチャプルーク通り(Thanon Ratchaphruek)とラチャダピセーク通り(Thanon Ratchadaphisek)の交差点に位置するBRTラチャプルーク駅に到着である。

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【動画】タイ国鉄マハーチャイ線・動画クリップまとめ

(2011.12.09)

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2012.01.02

タイ (1-7)マハーチャイ線・Part3(マハーチャイの町にて)

マハーチャイ(Maha Chai)駅のホームに降り立つ。こちらの駅は2面2線(島式ホーム+片面ホーム)の配置となっており、隣の番線からはウォンウィエンヤイ行きが乗ってきた列車と入れ替わるように4分後に発車していく。ホーム奥には車両基地が併設されており、その乗ってきた列車も我々を下ろすと間もなくそちらの方へ引き上げていった。

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《マハーチャイ駅ホーム(島式側)》

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《10時40分発の列車(左)と10時36分着の列車(右)》

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《ホーム奥の車両基地》

一本落とした次の列車が11時45分発なので、それまで街の中を散歩してみることに。バンコクからの日帰り旅行の目的地としてそれなりに有名なマハーチャイではあるが、駅構内は勿論のこと、街に出ても目に飛び込んでくるのは殆どタイ文字オンリー。今回のタイの旅ではバンコク以外の街は訪れないので(実は後日とんでもないアクシデントに巻き込まれ、期せずしてもう一つの地方都市に降り立つことになるのですが)、このようなローカルな町を見ることが出来たのは貴重な体験であった。

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《マハーチャイ駅・駅舎》

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《出札窓口付近》

マハーチャイはターチーン川(Maenam Tha Chin)の畔に開けた港町。市場の並ぶ駅前通りへ一歩出れば、辺りをルブア前の通りとは比べ物にならないほどの強烈な臭気が支配している。やはり臭いの大元は生魚のそれだろうか。この温度・湿度の中では足も速いだろうに、店頭に晒したまま売られている。

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《(上2枚)駅前通りにて》

川の畔に向けて歩いていくと、そんな生鮮食品の露店街を過ぎたところで、貴金属店…というよりも金の宝飾品だけを店頭に並べた店が軒を連ねている。日本では馴染みのない形態の店ではあるが、こういった金を専門に売買する店舗のことを「金行」といい、そのほとんどが華僑による経営。どの町にも必ず一軒はあると言われるほどタイではポピュラーな業種らしく、赤を基調にしたカラーリングと金色の相乗効果でとにかく目立ちまくっている。タイでは一般庶民にまで日常的な金製品の売買行為が浸透しており、通貨と並行したもう一つの資産としての位置付けでもあるというわけである。

駅からはのんびりと歩いても5分程、ターチーン川の渡し船の埠頭へ。この船に乗って向こう岸へ渡れば、メークローン線の西半分に乗り継いで終点・メークローン駅へ行くことができるが、こちらは1日わずか4往復の運転。BTS延伸まではバンコク都心へ出るとなると列車→渡し船→列車→バス→渡し船→バスと5回の乗り換えが必要だっただけに無理もないが、東半分とはあまりにも対照的な閑散路線である。そんなわけでバンコクから往復するとなると半日仕事となってしまうため、今回の短いバンコク滞在では諦めざるを得なかった。とはいえ8時35分発の列車で出なければどちみち間に合わなかったし、後日34時間にも渡る列車の旅が控えていることもあり、後ろ髪を引かれるような思いはまったく無かったのだが。

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《(上2枚)渡し船のマハーチャイ側埠頭》

ターチーン川の畔に立ってみた。対岸へは渡し船が頻繁に往来しており、鉄路は分断されているものの生活圏としては一体化している。そしてプンと鼻をつく潮の香り。ここから海は見えないが、河口まではもう僅か数キロである。

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タイでは12月は乾季にあたり、晴天が続くうえに年中で最も気温が下がる旅行のベストシーズンであるが、それでも照りつける太陽の日差しは東京・大阪の夏のピークよりはかなりまし、という程度。湿度もそれなりにあるので、あまり長いこと陰のない日向には居たくはない。

一旦駅へ戻り、屋根に覆われた薄暗いホームへ。今はきれいに整理されたウォンウィエンヤイ駅に対し、こちらは聞いていた通りにホームが市場に埋もれていた。

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そしてホームのすぐ先には、先ほど列車で横をすり抜けた生鮮食品の露店群が。車両限界を超えてちゃっかりパラソルを広げており、足元を走る二条のレールがなければただの未舗装の路地にしか見えない。メークローン駅のそれはもっとインパクトのある図らしく、そちらを見ることが出来なかったのが唯一の心残りである。

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駅構内の外れからウォンウィエンヤイ方面の線路を眺める。こちらもこちらで、列車が来ない間は地元住民の歩道として利用されていた。

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再び駅を離れて北東方向へ。銀行やら郵便局やらスーパーやらが立ち並び、想像していたよりも遥かに賑やかな町である。勝手ながら訪問前は鄙びた港町だと思っていたのだが、マハーチャイ線の旅客流動が示すように、かなりの拠点性をもつ町のようだ。

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列車の発車時間も近付いてきたので、最後は駅周囲の海鮮市場をぶらぶら。やはり外国人は珍しいのか、店員の「ジャパニーズ…」なんてつぶやきを耳にした。バンコクからたった1時間で来れる町ではあるが、やはり紛れもなくここは「地方」である。

(2011.12.09)

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