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2007.10.31

再開発前の阪急塚口駅南口(2)

写真と共に、撮影場所と見ている方向を示した地図を添付します。私自身が地図を基に推測したものですが、まず間違いはないでしょう。矢印の根元が撮影場所です。


(1)駅から南を向いて

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(クリックすると拡大します。以下も同様)

塚口駅に降り立ち、南口から出てくると最初に目に入る光景です。道は狭く、とてもバスは入ってこれそうにないです。朝夕は人と車、おそらく自転車やバイクもが入り乱れて大混乱だったのは想像に難くありません。近隣の住宅街の拠点駅として、一刻も早い整備が急務だったことでしょう。

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上の写真は2002年6月8日に私が同じアングルで撮影したものです。立派なバスターミナルが出来ていて、もはや昔の面影はありません。


(2)駅から南西を向いて

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南西に目を向けると、阪急タクシーの乗り場が目に入ります。もはや博物館でしかお目にかかれないような古めかしいモデルの車がたくさん。駅の敷地に切り込んだだけの簡素な造りで、客待ちの車が敷地外まで伸びていて、これも朝夕の混雑に拍車をかけていた原因のひとつだったのではないかと思われます。もちろん現在ではタクシープールが整備され、タクシーが整然と並んでいます。

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バスが邪魔している上に若干アオり気味ですが、同じアングルの写真です。


(3)駅から南を向いて

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(1)と同じ視点ですが、心もち前に出て撮影しています。映画館(塚口東映劇場)が見えています。これは後日撮影されたらしく、撮影日は不明です。解像度があまり高くないのですが、確かハーフサイズかと。

駅舎を離れ、南に延びる道をまっすぐ進みます。


(4)南口駅舎

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振り返って南口駅舎の方を撮影。北口にはつい最近までこれとよく似た駅舎が建っていました。今でも地方の小さな駅へ行くとこんな風景に出会えたりします。

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《現在の南口》

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《少し前までの北口の駅舎。現在は建て替えられています》


(5)映画館北西から東を向いて

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一本目の路地を右に曲がり、少し進んだところで振り返って撮影。正面には塚口東映劇場の上映中作品がでかでかと掲げられています。タイトルをチェックしてみると、「球形の荒野」「昭和枯れすすき」はいいとして、「新・痴●術」「●漢の限界」「ボインと痴●」・・・ たいへん大らかな時代だったようです。


(6)映画館北西から映画館正面を向いて

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同じ場所から映画館の正面を眺めます。昔笑点の大喜利のネタで、「平家の滅亡とかけてテレビの登場ととく、その心は?」「栄華(映画)の時代は終わりました」というのがありましたが、果たして客の入りはどうだったのでしょうか?


(7)映画館北西から南東を向いて

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同じ場所から南東方向を眺めます。この映画館、町の中心の一等地にどどーんと構えるさまは、「ニュー・シネマ・パラダイス」に出てくる「パラダイス座(Cinema Paradiso)」を思い起こさせます。何となく佇まいも似ている気がしませんか?


(8)映画館北西から南東を向いて

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同じ場所から南方向を眺めます。映画館の西は仮設店舗と自転車を残してまるまる1ブロック更地になっており、再開発を前に立ち退きが完了したようです。

このあとは駅正面から南に延びる路地へ戻り、さらに南へ進みます。


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コメント

はじめまして、ウェブを検索してて辿り着きました。

私は昭和43年に生まれてから30年間塚口に住んでました。
(今も、母は塚口に住んでおります)
映画館の写真を見てすごく懐かしく感じました。
町内会のこども会で何回か、この映画館に行った覚えがあります。

ちなみに私の記憶がたしかならば、映画館の西の向かい側の空き地(8の写真)は、
元々は打ちっ放しのゴルフ場だったような気がします。
(小学生になるくらい時の記憶なのでアテにはなりませんが・・・)

あと、(2)の写真のタクシー乗り場の奥にある「都そば」は、
父親に連れられて、よく食べに行きました。
背が低いので、醤油の缶の上に丼を置いて食べた記憶があります。
(このお店はチェーン店なので今でもあると思います)

余談ですが、さんさんタウンが開業したのは昭和53年7月7日で、
母親に連れられていきましたが、オープン当日は臨時バスが出るくらいごった返してました。

KAZUMA さま

 初めまして。コメントいただき有難うございます。

 私も「塚口サンサン劇場」には子供の頃に何度か足を運んだことはあるのですが、その前身となる映画館はこんな建物だったのか…と、当時の写真を見て非常に感慨深かったです。塚口サンサン劇場、現代のシネコン大増殖の時代にあっても改装を重ねて今日も元気に営業しているので、往時に比べればさんさんタウンも随分寂しくなったものの、塚口LOVERとしては心強い存在ですね。


>映画館の西の向かい側の空き地(8の写真)は、
>元々は打ちっ放しのゴルフ場だったような気がします。

 以前にいただいたコメントにて証言がありましたので(→こちら)、まず間違いなくご記憶は正しいかと思われます。


>(2)の写真のタクシー乗り場の奥にある「都そば」

 こちらもさんさんタウン3番館B1にテナントとして入居していた店舗は閉店してしまったようですが、「第二塚口店」の方はさんさんタウンの西側に隣接した場所に健在です(→食べログの該当ページへリンク)。関東の「富士そば」と並ぶ二大勢力として、今でも関西一円に幅広く店舗を展開しているようですね。

 なお私からも余談なのですが、さんさんタウン3番館6Fのレストラン街はとうとう店舗が全滅してしまいました。最近久々に訪れたら、その光景にしばし呆然と立ち尽くしてしまったもので……。

chikocrape 様

レスありがとうございます。

東京に出てきてから、
もう、5年くらい実家(南塚口)に帰ってないので、
さんさんタウンの状況がわからなくなってました。


>さんさんタウン3番館6Fのレストラン街はとうとう店舗が全滅

そうなんですか? それは知りませんでした。
地下1階の飲食店の方が、先に全滅しそうだったのですが。

6階の飲食店はお世話になりましたね。
阪急BX、すがきやなんかはよく行きましたけど。
あと、寿司、うどん・そば、イタリアン、ファミレス、中華などがあったのですが、
一番奥の中華料理店が一番早く閉店(噂では曰く付き)した記憶があります。
(一時は、空き店舗にゲーセン(チェッカー)があったのですがそれもなくなったようですね)

さんさんタウンのHPをみたら、喫茶青山とか、ラーメン熊五郎、宣文堂書房、
津田三教堂(文房具店)、おもちゃのペリカン(だったと思う)なんかもなくなってますね。
(喫茶青山は全店閉店したみたいですね・・・待ち合わせによく使ってたのですが)
ただ、2番館1階のスパゲティのタントと、
3番館ダイエー1階のドムドムが残っているのは嬉しい限りです。

タントは近くに一時、チェーン店のカプリチョーザが出来たのですが、
そちらの方が撤退した経緯がありますし、
ドムドムは塚口で初めて出来たハンバーガーショップですので。
(当時、マクドナルドは隣駅の園田に行かないとなかった)


あと、これまた余談ですが、5階のBOOKOFFが、元々宣文堂書房で、
話によると、最初は宣文堂書房が入店するのではなく、
家具屋さんが入店する予定だったそうですが、
その家具屋さんがさんさんタウン開業前に倒産してしまい、
開業前に空きスペースを作れないという事で、
宣文堂書房が急遽入店したらしいです。
(1階と5階に宣文堂書房があった)
そのため、儲からないという話を聞いた記憶があります。

あと、1番館の地下の映画館の階段の途中にあった、
ゲームショップもなくなってますね。
(最初は中華料理店でしたが)

でも、空き店舗が多いというのは残念ですね。
(つかしんみたいにリニューアルしないのでしょうか?)
さんさんタウンも築30年近く経ちますし、
イオンモールのフードコートみたいなものを作るのもいいと思うのですが。


>塚口サンサン劇場

前身の映画館は、とても大きくて、
大阪市内の映画館に負けないくらい広かったのですが、
(子供の時の記憶なので、広く感じたのかも知れませんが・・・)
サンサン劇場になって、なんかこじんまりとしたなぁと思った記憶があります。
むしろ、シネコン全盛の今となっては、時代を先取りしていて、
それが、映画不況で、閉館する映画館が多い今でも営業できるかも知れませんが。
(サンサン劇場で初めて見た映画は「セーラー服と機関銃」でしたw)


懐かしさで、また長話になってしまい失礼致しました。

KAZUMA さま

 6Fの飲食店街ですが、スガキヤは末期まで営業していましたね。数年前にパスポート書き換えのためにさんさんタウン内の旅券事務所を訪れた帰り、ラーメンを食べて行こうと6Fに上がったらいつの間にか潰れておりました。今やさんさんタウン自体があの寂れっぷりなので、店舗が歯抜け状態になるところまでは想定内でしたが、まさかそれから全滅にまで至るとは……。跡地の一部は行政やNPOのサービスコーナーとして使われていますが(斜陽化した商業施設のテナントの活用法としては定番中の定番ですが)、それでもあのがらんどうの空間は往時の賑わいを知る者としてはショックでしたね。

 1Fの「珈琲の青山」もさんさんタウンのシンボル的存在として認知していたので、青山がない風景には未だに馴染めずにいます。徳永英明が青春時代にここでバイトしていたらしいのですが、aikoの『三国駅』みたいに徳永英明も阪急塚口界隈を題材にした曲を書いてくれないだろうか、と、ちょっと期待しているのですが(笑)。スパゲティのタントは塚口の名店としての地位を確立していますし、2番館1Fの飲食店街は下町らしい味わいがあって私も好んで足を運んでいます。

 宣文堂書房がどうして1Fと5Fの二ヶ所にあるのか積年の疑問だったのですが、そういう経緯があったのですね。初耳でした。1Fは雑誌や新刊などの回転が速い商品、5Fは専門書や児童書といったロングテールに属する商品、という感じで棲み分けが行われていたはずですが、5Fの方は子供の頃、帰省の度にここで祖父に本を買ってもらったという思い出が。確かに1Fに比べれば空いていたような気がしますが、それだけにゆったりとした空間は子供心にも落ち着きましたね。さんさんタウンは再開発前の商店街からの流れのせいかチェーン店は比較的少なめという印象で、それがまた魅力に感じていた要素でもありました。

 再活性化については私も色々と頭をひねっているのですが、ビル自体の老朽化が進んでいますし、周辺を見渡してみても稲野(つかしん)・JR伊丹・JR尼崎・西宮北口など、ショッピングモールの包囲網が敷かれている有様で。つかしんはすっかり息を吹き返しましたね……。いつ訪れてもかなりの人出です。さんさんタウンの場合、やはり駐車場が貧弱なのが致命的ですね。産業道路が全線4車線化されるなど道路事情の改善が進み、とりわけ至近のつかしんについては産業道路から直接駐車場へ進入できたりと、いまや駅前というアドバンテージは全く機能しなくなっているというのが現状と思われます。周囲が建て込んでいるゆえ、それこそ再・再開発という抜本的な手を打たなければ敷地の拡張も不可能なので。運営サイドでも決して手をこまねいているわけではないだけに、環境の変化という不可抗力が恨めしく感じられます。塚口そのものは北口・南口ともに常に賑わっているのが救いでしょうか。

 塚口サンサン劇場、仰るとおりシネコンの草分けとみたならば、なんだか物凄く偉大な存在に思えてきましたw。最近はイベント上映(クラッカーや紙吹雪・コスプレOKなど)に力を入れているそうで、その話題がSNSで拡散されて更に呼び水となり……といった具合に、なかなかの好循環となっている模様です。


>懐かしさで、また長話になってしまい失礼致しました。

 いえいえ、とんでもないです。塚口よ永遠なれ!!

chikocrape 様

>さんさんタウンの駐車場

さんさんタウン出来た当初は、1番館側と3番館側に入口があって、
しかも、繫がっていませんでしたし、1番館側は車で地下に下りる方式でしたが、
3番館側はエレベーターで下りていく方式でしたので、常に渋滞してましたね。
エレベーターの老朽化で、1番館と3番館の間をつなぐ工事をしたため、
かなり駐車場としては無理な構造になってしまってます。
(大した買い物じゃなければ、周辺のコインパーキングに止めた方が楽でした)

また、さんさんタウン開業前には北口側の再開発の話もあったのですが、
当時は反対するテナント等があって、話がまとまらなかったようです。
次に再開発する時は、南北両方での再開発と、
塚口駅の高架化も視野に入ってくると思いますね。
(この話は30年以上前から浮かんでは消えしてるので)
さんさんタウンの回廊は塚口駅の高架化を見越して作ってあるのですが、
それ以前に、建物の寿命が来そうです・・・。
(・・・というよりか阪急も西宮北口駅みたいに橋上駅舎にしておけば良かった気がしますが)

あと、中央市場、専門大店が火災で焼失しているので、
今なら北口側の再開発と塚口駅の高架化、
ならびに、さんさんタウンの改装も出来そうなんですがね。

一時的に、北側のテナントを、さんさんタウンに入れて、
北側の再開発と塚口駅の高架化をやって、
完成後にさんさんタウンの改装をすれば、
私が子供の頃に見た、未来の塚口駅の予想図が現実になりますがw
(その図では阪急塚口駅は高架になっていて、
 南北にターミナルとショッピングセンターがある予想図でしたが)


>つかしんはすっかり息を吹き返しましたね

一時は西武百貨店撤退とかで、つかしんの方が危うかったんですが、
時代が変われば、形勢も逆転するようですね。
つかしんがリニューアルした時は大盛況でしたし・・・。
母親も品揃えがいいからと、
わざわざ、つかしんまで買い物に行くそうですしね。


話を聞くたびに、一度、実家に帰ってみたくなりました。
時間が取れればのはなしですがね・・・。

KAZUMA さま

 さんさんタウンの駐車場、狭い割にはやたらと無駄な動きを強いられるのが不自然だったのですが、成る程そんな理由があったんですね。正直なところ、あの辛気臭い雰囲気の駐車場だけでだいぶ株を下げている気がするもので…。

 駅の高架化や街区再開発の件も、やはり土地の所有権の問題が最大のネックなのでしょうかね。幸い、塚口前後の阪急と幹線道路の交差部分はすべて立体化されているため、いわゆる「開かずの踏切」問題には今のところ直面しておらず、線路高架化については喫緊の課題にはなっていないということなのかもしれません。数年前に駅東側の産業道路との交差部分で阪急と道路の上下を入れ替えた際も、この部分が高架化されただけで以西は手付かずでしたし。北口再開発&駅高架化が実現したネオ塚口駅も見てみたいのですが(我々が生きている間に実現するかナ…)、あの北口の歩行者・自転車・車・トラック・伊丹市営バスが入り乱れたカオスさこそが私の原風景でもあるので、なくなってしまうのは惜しいというジレンマもあったりと(笑)。

 まぁそんなこんなで、2016年の塚口も昔と変わらず活気に溢れておりますので、またお時間があるときに是非…。

こんにちは

塚口さんさんタウン3番館の屋上のダイエーマークが
消されたあと、イオンマークになかなか塗り替えられない
のでおかしいと思っていました。
そうしたら、塚口さんさんタウン3番館の建て替えですって。
3番館6階の飲食店は、 ピアジョリーが閉店し、時短営業
しながら残っていた麦のめぐみも閉店してからもう数年
経つのですね。建て替えの件も含め、さみしい限りです。
1番館、2番館も含め、全館にぎわっていた時期を知って
いるだけに、余計さみしいです。

Trekker さま

 コメントいただきありがとうございます。3番館の建て替え後は住宅主体の複合ビルになるようですね。JRの方の塚口駅前はかつての森永の工場跡が再開発によってすっかり面目を一新してしまいましたが、40年前に再開発ビルとして華々しく開業したさんさんタウンが今やこれ自体が再開発の対象となってしまうとは、時の流れの残酷さを痛感しますね……。マンション化(こちらもJR駅前と同じプラウドシティのようで)は順当といえば順当なのでしょうが、どこの駅前も似たような景色になってしまうのはつまらないなぁ、と感じてしまいます。

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