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2008.08.04

香港 (4-3)九龍寨城公園

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《九龍寨城公園入り口》

さてこの九龍寨城(九龍城砦)、日本でも非常に知名度が高い場所ではあるが、取り敢えずごく簡単にあらましを。1840年に清とイギリスとの間で勃発した阿片戦争の結果、香港島、その後九龍半島がイギリスに割譲され、更に新界と島嶼部が租借されて現在の香港特別行政区の領土が確定したのだが、古くからの防衛拠点として要塞が築かれていた九龍城砦は例外的に租界から外され、清の飛び地となる。

しかし程なくして清の役人はイギリスに追い出されてしまい、以降この場所はどの国の主権も及ばない「無法地帯」と化してしまう。日本の占領時代に啓徳空港建設の資材に流用するために砦が解体された後、跡地は中華民国、後の中華人民共和国の政情不安を受けて難民キャンプ化。初めは簡素なバラックが建ち並んでいたものが、相次ぐ人口の流入により次第に大規模化し、バラックは鉄筋コンクリートのビルへと姿を変える。しかしここは無法地帯、どの国の建築基準も適用されない為に無秩序に増築を重ね、遂にはペンシルビルの集合体でありながら遠目には一塊の巨大建築物にしか見えない・・・という異様な“アート”の完成に至るのである。

違法行為の温床として悪名を轟かせていた九龍城砦だが、実際には自警団が結成されるなど治安は決して悪くなかったと言われ、劣悪な住環境を除けばごく普通に日常生活が営まれる、それなりに平和な場所だった模様(なんせ幼稚園があったくらいですから)。1980年代には日本でもサブカル的な興味の対象となり、内部探索を目的としたツアーまで開催されるほどだったとか。

世界中の耳目を集めるに相応しい建築物であったが、香港当局にとっては汚点としか認識されていなかったのか(まあスラムですし)、香港返還の直前に取り壊しが決定。住民の多くは十分な補償も受けられず、路頭に迷う者も続出したというが、とにもかくにも数奇な運命が生み出した“奇跡”の建築物はこの世から姿を消すこととなった。その跡地に整備されたのが、今まさに立っている『九龍寨城公園』なのである。

楽富駅から一番近い門は乾門(North-West Gate)だが、今回は正門的位置付けである南門から入ってみることにする。正面には碑文があるが、広東語なので・・・

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《南門》

そのまま真っ直ぐ進むと、公園の管理事務所を兼ねた九龍寨城の史料館がある。もともと私設救貧院としてビル群の谷間に埋もれていた建物を改修して使っており、再開発の波を越えて現存する唯一の建造物となっている。

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史料館はパネル展示が主だが、予習をしてきた私にとって特に目新しいトピックはなし。確かに晴れがましく語り継がれる性質の場所ではないにせよ・・・

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《城砦時代?の大砲》

併設された茶室で憩う、地元の爺さま婆さまを横目で見ながら建物を出る。公園全体を眺めると敷地内にはかなりの高低差があり、在りし日の九龍城砦も傾斜地にへばり付くように建てられていたそうだ。

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事前情報の通り、すっかり中国風の庭園に変貌を遂げてしまい、当時の面影は全くといって良いほど残っていない。かつての姿を想像するのは未訪問の私はおろか、元住民でも不可能なのではないだろうか。

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公園の片隅から中国風の音楽が聞こえてきたかと思えば、太極拳の一種なのか扇子を持って舞踊するオバ様達の姿が。クラクラしてくるほどの平和な光景で、つい数十年前は犯罪のメッカだったというのに、まさに180度のイメージチェンジを遂げてしまっている。

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一旦北門から外に出て、公園の北縁を走る東頭村道(Tung Tau Tsuen Road)を眺めてみる。下の写真を見た限りでは何の変哲もない住宅地の風景、といった趣だが、今は木が生い茂っている公園の敷地には、十余年前までは屏風のようにコンクリートの塊が立ちはだかっていたわけである。2枚目の写真は「九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 -City of Darkness-」という本の表紙とほぼ同じアングルで撮影したものなので、下のamazonリンクをクリックして見比べて頂きたい。

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再び公園内に戻り、チュンチュンと鳥がさえずる都会のオアシスの散策再開。この時は気が付かなかったが、九龍城砦の主要な通りの名前は公園の道の名称にそのまま流用されており、なかなか粋な事をするものだと感心した。その名前とは裏腹に一日中日が射し込まなかったという光明路も、数十年の時を経て汚名返上となったわけで。

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散策も終えようかという頃、ようやく遺構(といってもスラムのそれではなく城砦時代のもの)を発見。明らかに建設工事の邪魔になりそうなものなのに、よくスラム時代を生き残っていましたね・・・

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東門から敷地外へ出て探索を終了する。憧憬に導かれて足を運んだこの公園、現役時代に一目でも見てみたかったものだが、幾多の歴史が刻まれた場所を実際に訪れることが出来ただけでもある程度の満足を得、九龍寨城公園を後にする。

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《東門》

(2006.12.15)


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