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2009.03.06

ドイツ (3-6)The Bonds Between Germany & Japan

RB Besigheim(12:17)→Bietigheim-Bissingen(12:22) ※実時間

ベジヒハイム駅からシュトゥットガルト中央駅行きのRBに乗り込む。今度の車両は昔懐かし(?)の平屋の客車で、各車両に片側2枚ずつ設けられた乗降扉は手動で開閉するようになっている(開けっ放しでも出発時には勝手に閉まる)。座席もフカフカで寧ろ新型の二階建て車両よりも乗り心地が良いように思えた。

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《Bietigheim-Bissingenで撮影》

側面の窓も開くようになっており、こんな写真も・・・ 言うまでもないことですが、あくまでも自己責任で。

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まだ正午過ぎなのでもう一つくらい町を訪れることが出来そう。というわけでここからシュトゥットガルトまでの道のりの途中にあるビーティッヒハイム(Bietigheim)かルートヴィッヒスブルク(Ludwigsburg)のどちらかに絞り込んでいたのだが、大雑把に言うとビーティッヒハイムの見どころは街並み、そしてルートヴィッヒスブルクの方は18世紀に建てられたバロック宮殿。宮殿ならば別にドイツでなくともヨーロッパならば何処ででも見れそうなので、せっかくドイツに来ているわけで然程迷うこともなくビーティッヒハイムに決める。

5分で下車駅のBietigheim-Bissingenに到着。S-Bahn(S5系統)の始発駅だけあって、駅舎を出るとあの長閑なベジヒハイムからたった一駅乗っただけとは思えない程の都会的な光景が広がっている。

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駅から旧市街までは1.5kmほどあり、路線バスも走っているようだったが、一体どのバス停で降りればいいのやら見当もつかないので、行きは歩いて向かうことにする。もちろんタクシーという選択肢もあるのだが、私は国内・国外問わずタクシーには極力乗らないようにするというポリシーがあるので・・・(なんだか「敗北」したような気分になってしまうのです)。バジェット・トラベラーでもあることだし。

駅から住宅街の中をしばらく西へ歩いていくとエンツ川に架かる橋があり、渡ると広い公園に出てくるので、その園内をひたすら北上していく。

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《エンツ川》

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《左岸の遊歩道》

しばらく行くとエンツ川とその渓谷を一跨ぎにする鉄道橋と交差するのだが、これが見事な煉瓦積みのアーチ橋(一部はコンクリート)で、この町のランドマークのひとつとなっている。完成は1853年ということで、第二次世界大戦の戦禍を被ったものの修復され、今年で155周年となる。

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折り良く列車がやって来たのだが、この橋を渡っていったのは何と路面電車の車両。一瞬我が目を疑ったのだが、確かに路上を走るあの小ぶりの車両に間違いない。帰国後に調べてみたところ、トラムとDB路線の大規模な直通運転を実施していることで世界的に有名なカールスルーエの車両が遠路はるばるここまで乗り入れて来ているのだとか。ちなみに旧市街へはこの橋を渡ってすぐのEllental駅(普通列車のみ停車)からだと割と近い。

更にしばらく行くと幹線道路のガード下にソーセージのスタンドを発見。フライブルクでは泣く泣く見送ったが、今日は胃袋の方も受け入れ態勢万全なので意気揚々とオーダーする。カリーヴルスト(Currywurst)という、焼きソーセージにケチャップとカレー粉をかけただけのシンプルなもので、ソーセージの食べ方としては定番中の定番なのだとか。付け合せにパンがセットとなって、お値段は2ユーロ。

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どこか座って食べられる場所を探していると、すぐ目の前が旧市街という場所に日本庭園があった。ドイツ語では「Japangarten(ヤーパンガルテン)」となり、池には石灯籠や太鼓橋が。

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《日本庭園入口》

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《(上3枚)園内のようす》

日本とは気候も土壌も植生も異なるため、日本庭園っぽいというか日本庭園もどきというか、「うーん、なんか違うんだよなぁ・・・」と、モヤモヤした気持ちに。

それはともかくとして、ここビーティッヒハイムは明治時代に日本へ招聘され、日本の医学の発展に多大なる貢献をした医師、エルヴィン・ベルツ(Erwin von Bälz)の出身地。この日本庭園も彼を通じた日本とドイツとの友好のしるしとして造園されたものである。彼の日本滞在は29年にも及び、滞在中に記された「ベルツ日記」は明治時代の日本の克明な記録として史料的価値が高く、知識人としての類稀なる視野の広さを物語るさまざまなエピソードも多く残っている。また日本の温泉に医療的効果を見出し、草津温泉を世界に向けて紹介した縁で、草津町とビーティッヒハイム・ビッシンゲン市は昭和37年から姉妹都市となっている。

日本庭園に立てられたベルツ博士の顕彰碑。「君によりて日本医学の花ひらく」の句は、歌人で医学博士でもある水原秋桜子によるもの。

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こちらも日本語で刻まれたベルツ博士の記念碑。多くの医学用語がドイツ語に由来していることにも表れているように、ドイツは日本の近代医学の師匠とも言うべき存在である。

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この庭園にベンチがあったので、さっそく買ったばかりのソーセージをぱくつく。所詮はファーストフードなのであえて語るほどの味ではないが(まずいという意味ではないですよ)、それでもドイツにやって来たという実感が湧き上がるのには十分。ランクこそ全然違うが、外国人が日本に来て天ぷらや寿司を食べた時に感じる気持ちと同じようなものなのだろう。

次回は旧市街へ。

(2008.04.11)



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