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2009.09.13

香港2008 (4-8)4億年を2時間で~香港歴史博物館~

2~3時間もあれば国じゅう何処へだって行けてしまう香港、行き先はその日の気分次第ということで綿密な計画は立てていなかったのだが、ここ香港歴史博物館だけは別。というのも、毎週水曜日は入館料が無料になるのである。とはいえその入館料もたったの10ドル(約120円)ぽっちなのだが、折角滞在日程に水曜が含まれているということで、抜け目なく今日を狙ったというわけ。

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《香港歴史博物館・外観》

入館したのが15時過ぎ、閉館時刻が18時(日曜・祝日は19時)なので、3時間弱もあればまぁ満足に見学できるのではないかと踏んでいたのだが、とんだことに今日はクリスマスイブということで17時までの短縮営業! ガイドブックにもちゃんと書いてあったのだが、すっかり見落としてしまっていた。(他には旧暦の大晦日も17時までの営業) ということで3時間のつもりが2時間に減らされてしまい、かなり駆け足の見学になりそうだ。

日本語のパンフレットをもらい、常設展示室へ足を進める。音声ガイドが10ドルでレンタルできるようになっており、日本語バージョンも用意されているが、今回は時間が短いのでパスすることに。展示室は8つのテーマに分かれているが、最初の自然生態環境のコーナーはなんと4億年前にまで遡っての解説。言うに及ばず香港が世界史の表舞台に登場するのは19世紀中盤なのだが、流石歴史博物館と銘打つだけあって徹底しているものだ。このコーナー、照度を抑えたなかに凝ったライティング効果が施され、不思議な感覚を味わうことが出来る。

この次は<2 有史前の香港><3 王朝の発展:漢代から清代まで><4 香港の民俗>と続いていくが、この頃は要するに単なる中国の辺境の一地方に過ぎなかった時代。当然の事ながらHong Kongとしてのアイデンティティの萌芽さえも生まれていないわけだが、もちろんあくまで「嶺南(華南)」の人々の暮らしぶりとして見る分には大いに興味をそそられる。

やはり面白くなるのは阿片戦争後、世界史上稀に見る数奇な運命を辿り始める香港割譲以降の時代(<5 アヘン戦争と香港の割譲>)。当事者のイギリスをして「こんな不名誉で恥知らずな戦争はない」と言わしめた阿片戦争だが、とにもかくにも香港は極東に開かれた窓としての歴史を歩み始めることに。出荷を待ち、うず高く積まれたアヘンの箱を見るにつけ、「歴史とは覇者が語るもの」という言葉の意味がリアルに迫ってくる。

<6 香港開港と初期の発展>のコーナーでは、第二次世界大戦前の香港の街の様子を実物大で再現したジオラマが目玉。通りには茶葉問屋、裁縫店、質屋、雑貨店、茶楼、郵便局、銀行、商社・・・といった各種業態の店舗が軒を並べており、忠実に再現された内部はそれぞれ実際に中へ入って見学することが出来る。

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こっちは裏通りの様子です。

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こちらは開通当初に使われていたトラムの車両。21世紀に入っても大して代わり映えのしない車両が使われていると知ったなら、当時の人々はどう感じるのだろう。

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とりわけ好奇心を惹かれたのは、19世紀後半から20世紀初頭にかけての香港島北岸の各地の風景を収めた貴重な写真のパネル展示。中環の海岸沿いには壮麗なコロニアル様式の建築が建ち並び、ビクトリアハーバーを見下ろす半山区は同じくコロニアル建築が並ぶ瀟洒な高級住宅地。上環や灣仔といった下町に目を向ければ、東洋と西洋の文化が入り混じるエキゾチックな街並みはまるで映画のセットのようである。当時から既に海の埋め立ては進んでいたものの、海岸線は今よりもずっと後退しており、現代では地名に名残をとどめるのみの銅鑼灣も、写真を見れば本当に湾だったことが分かる。一枚一枚仔細に眺めていると10分や20分ではとても足りないわけで、これ、本にまとめて売ってくれないだろうかと思っていたら・・・(後述)。

時は下り、「東洋の真珠」と讃えられ繁栄を極める香港に、突如として暗黒の時代が訪れる。1941年12月8日、日本軍の香港侵攻である(<7 日本占領期>)。破竹の勢いで進軍を続ける日本軍はわずか18日間で全土を攻略。降伏日の12月25日は今なお「黒いクリスマス」と言い伝えられている。侵略国がやることなんてどれも似たようなものだが、ペニンシュラホテルは軍の本部として接収され、香港の通りの名は次々に日本風の名前に改称されていく(彌敦道→香取通りなど)。果ては軍票を発行しすぎて深刻なインフレを引き起こすなど(この軍票は戦後タダの紙切れに。しかも現在まで補償は行われていません)、香港人の心に与えたダメージはそれこそ計り知れないもの。そういえば沢木耕太郎の『深夜特急』を映像化した『劇的紀行・深夜特急』の劇中でも、主人公が現地で知り合った男性の家に招待された際、最初は歓迎ムードだったものが年配者の家族に日本人と知られた途端、掌を返したように険悪になる描写があった。日本からも年間数百万人の観光客が訪れる香港だが、一体そのうちの何割がこのような過去があったことを理解しているのだろうか。・・・白状します。自分もつい最近まで認識が無いに等しい状態でした。

とはいえ、博物館の展示は扇情的に取り上げることもなく、極めて中立的。それだけに過去に日本が犯した愚行が身に沁みて迫ってくるものである。考えもなく平和平和と金科玉条のものとして唱えるのは知性の欠如を露呈しているようで恥ずかしいが、否応無くグローバル化の波に飲み込まれる21世紀、アジアの協調の時代に入ったとしても、一度は犯してしまったこの過ちを決して忘れてはならないだろう。

最後は<8 現代都市と香港の返還>。こちらでは1960年代の住宅や商店、映画館などがこれまた実物大の模型として展示されている。日本の高度経済成長期を髣髴とさせ、生活・文化レベルは日本と何ら変わりの無いほど。

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《いわゆるパーラーというやつでしょうか。陰になって写っていませんが左端にはジュークボックスも》

そして1997年の香港返還。返還式典のときの会食メニューまで展示されていたのにはちょっと笑ってしまった。13億もの人口を擁する眠れる獅子はいよいよ目覚め、今まさに香港を奔流の中へ取り込もうとしている。170年余りの激動の時代を生きてきた香港がこれからどのような道のりを歩んでいくのか、そのドラマは現在進行形で紡がれ続けている・・・といったところか。

なんとか2時間で一通り見学を終えたが、やはり機会があればまたじっくりと周ってみたいもの。常設展示を出てきたところでミュージアムショップに寄ってみたが、願ってもないことに書籍のコーナーで先ほどのパネル展示の写真集が平積みになって売られていた。タイトルは《四環九約 -CITY OF VICTORIA-》で、ページ数は108ページ。お値段は50ドルと全編モノクロ刷り(元々白黒写真なので)であることを差し引いても、製本がしっかりしていることもあって破格である。序文によると初版の発行時には非常に反響が大きく、瞬く間に完売してしまったということで、やはり考えることは皆同じのようだ。

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閉館を告げるアナウンスに見送られ、赤みを帯び始めた空の下へ。今日の旅はもちろんまだまだ続きます。

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(2008.12.24)


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