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2009.10.31

四国62h (1-9)なはりさんぽ

鉄道路線の線名に冠せられ、21世紀に入って俄かに脚光(?)を浴びた奈半利町。私も鉄道が開通していなければ一生足跡をしるす機会が無かったかもしれない町だが、実は近代までの長きに亘って土佐国の陸路および海路の要衝だった場所。現在の国道55号線である室戸岬まわりの道路が整備されたのは明治時代に入ってからであり、それまでは土佐と畿内との往来には「野根山街道」とよばれる内陸を通過する道が陸路のメインルートとして利用されていた。ここ奈半利はその野根山街道の西の起点であり、『土佐日記』の紀貫之もこの道を通って土佐へ入国したそうで、作中にも“なはのとまり”として登場している。中世の時代から山中で伐採された木材の積み出し港としても活況を呈し、昭和には森林鉄道が通じたのは先に触れた通りである。

そんなわけでかつての栄華の名残を伝える街並みをぶらりと散策。こちらは役場前にある、浜石を積み上げて造られた奈半利独特の石塀である。

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町内には江戸時代末期から明治にかけて建造された、土蔵を併設した民家がまとまった数で残っており、今なお現役の住居や店舗として使用されているものも多い。

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《(上3枚)東山家住宅》

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《竹崎家住宅》

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《住吉神社》

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《浜田家住宅(増田屋)》

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《野村家住宅》

一枚目と上の写真の石塀は石を半割りにして切り口を見せたものだが、こちらは丸石をそのまま積み上げている(つなぎは赤土)。

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こういうアングルで撮ると、ちょっと沖縄っぽい?

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森家の石塀にあるレンガのアーチ。

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奈半利の夏、日本の夏。

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「奈半利の二重柿」と呼ばれている柿の木。内皮と外皮が二重になっている珍種だそうで。

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経済産業省によって近代化産業遺産にも認定された藤村製絲の旧工場。2005年にこの工場は操業を停止し、現在はブラジルに生産の場を移しているとか。

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改田家住宅の石塀。

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どことなく鏡写しっぽい感じの三叉路。

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西尾家住宅。江戸時代の旅籠だった建物だそうです。

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高札所の跡。高札所とは藩の法令を領民に公示するための掲示板が置かれていた場所のことで、ここが野根山街道の起点でもあった。

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以上、駆け足で40分ちょっとといったところ。13時06分に後免方面へ戻る列車が出発するので、これで次の目的地である安芸へ。せっかく訪問したのに、一円もお金を落とさずに申し訳ないです。


ごめん・なはり線快速 奈半利(13:06)→安芸(13:26)

駅ホームで待っていたのはごめん・なはり線オリジナルの一般型車両。オープンデッキ車両もそうだったが、車長は21mと都会で走っているJR車両と同等で、地方ローカル線で一般的な軽快型車両とは収容力に随分と差がある。特徴的なのは転換クロスシートの背もたれで、並の体格の女性ならばすっぽりと隠れてしまうほどに巨大である。

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この列車は安芸~後免間で快速運転を行うもの。昼間を中心にこのような快速列車が設定され、この時間帯は安芸始発・終着の普通列車と併せて、安芸~後免間の主要駅では1時間に2回の乗車チャンスがあるという、地方ローカル線としては破格のサービスレベルである。とはいえ快速運転区間も一駅おき、多くて二駅飛ばすだけという、東急東横線急行ばりの“隔駅停車”ではあるが、それでも心理的な時間短縮効果は計り知れないものがある。

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《奈半利駅ホーム先端から後免方を眺める。いまにも高性能ディーゼル特急が走ってきそうな高規格の線路》

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《終着駅・奈半利駅の駅名票。レールは繋がらなくても、道は確かに阿波へと通じている》

奈半利駅を出発してすぐに渡る川が、土佐の国を支えた良質の杉の産地である魚梁瀬(やなせ)から流れ出る奈半利川。件の森林鉄道は概ねこの川に沿って敷設されていた(加えて安田川沿いの路線も存在。現在の高知県道12号線)。そして現代の野根山街道として国道493号線が東洋町の野根とを結んでおり、現在一部区間が高規格化され、将来的には徳島と高知を結ぶ幹線のひとつとして復活する構想もあるとか。そして野根から少し北上すれば阿佐海岸鉄道の甲浦駅。四国循環鉄道の夢は潰えたが、いずれ国道493号線の改良が進んで連絡バスが設定されれば、中世以来の街道を辿るルートか、それとも雄大な室戸岬の眺望を楽しむルートかで悩ましい選択を迫られる日がやって来るのかもしれない。もっとも、それまで阿佐海岸鉄道と牟岐線が命脈を保っていればの話ではあるが…。

昼下がりのまったりとした空気に包まれた列車は、20分走って安芸駅に到着。

(2008.07.19)

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前のページへ:四国62h (1-8)ごめん・なはり線オープンデッキ車両 Part3


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