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2009.11.10

四国62h (2-2)高知の果て、日本の果て(前編)

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《高知駅で発車を待つ2000系<南風1号>》

特急南風1号 高知(09:50)→中村(11:30)

《しまんと3号》の切り離し作業のために11分停車している《南風1号》だが、のっそりと発車間際に乗り込む。曲がりなりにも新幹線と接続して都市間輸送を受け持つ区間はここまでで、この先は列車本数が半減してほぼ2時間おきの運転になり、高知県内のローカル特急の色彩が濃くなる。JRの特急をヨーロッパ流に訳せばインターシティとなるが、ここから先の区間にはまとまった規模の都市は無いため、別にインターレギオ辺りの訳を当て嵌めたくなるもの。ちなみに高知止まりの《しまんと3号》から乗り換えた場合、改札を出なければ特急料金は通算となる。

ぶるるんと勇ましくエンジンを響かせ、昨日中断した汽車旅の続きを再開。高架から見下ろす中心市街地も瞬く間に尽きてしまい、緑豊かな丘陵地の合間を縫ってひた走っていく。やがて国道33号線上(一部旧道)に敷かれた土佐電鉄伊野線の軌道と並走するようになり、JRとの間で中遠距離輸送と郊外輸送で上手く棲み分けが行われているように思えるのだが、はりまや橋~伊野間の10km余りの距離に34もの停留所があり、日常的に利用するとなると「かったるくて乗ってらんねー」となるはずだ。鉄道に贔屓目の自分でさえこう感じるのだから、「クルマの利用を控えて電車でお出掛けしましょう」とはとてもじゃないが勧められるものではない。ルート自体は的確なので、駅数を整理して最高速度を上げれば、後免線共々大化けしそうな気がするのだが…。その伊野線の終端近くの伊野駅が最初の停車駅。構内踏切があり、早くものどかな雰囲気が漂ってきた。ここまで特急で12分、対して伊野線のはりまや橋~伊野間は45分程度である。

その後、高知自動車道開通以前は松山との間を結ぶメインルートだった国道33号とほぼ並行したまま走り、十数分で佐川(さかわ)。ここでR33と別れると小さな峠を越え、入り江沿いに出て港町の須崎(すさき)に到着となる。高知からは特急で40分、各駅停車で1時間から1時間半となり、ここまでが一応高知の近郊区間。2002年に高知自動車道が須崎東ICまで開通し、手強いライバルとなっている。須崎は近年「鍋焼きラーメン」という料理を市を挙げてPRしているが、こういう風土色ゼロの料理を名物として掲げるのはいかがなものかと首をひねる。ぶっちゃけ、永○園の煮込みラーメンとどう違うのだろうか、と。

隣の土佐新荘との間で須崎の市街地を抜け、線路際まで建て込んだ家並みの横スレスレを驀進。安和(あわ)駅の前後ではトンネルの合間から海がチラッ、チラッと見え隠れするが、また内陸に入り込んで、以降は中村線内までしばらく海はお預け。このように土讃線内でシーサイドビューを楽しめる区間というのは残念ながらほぼ皆無に等しい。それでも振り子機構は快調に次ぐ快調で、車窓に青々とした稲がグワっと大写しになるかと思えば、今度は夏の青空と濃い緑に包まれた山で一杯に。車内と車外の距離の近さは、コンクリートの壁に覆われた高速道路を走るバスでは決して味わえない世界だ。車体をグイングイン傾けて走るので、窓框に乗せた背の高い500ml缶がコケやしないかとハラハラしたのだが、そんな苦情が殺到するようなヤワな設計のままで世に送り出されるはずもなく、もちろん杞憂である。

ところで高知から一緒に乗り合わせている乗客の中に、小学校低学年くらいの子供を連れた父子がいる。私と同じく『バースデイきっぷ』利用かと考えたが、このバースデイきっぷ、実はこども料金の設定が無いのである。元々信じられないほどの破格値なので、計2万円でも決して高いとは思えないが、小学生でグリーン車とは一瞬ギョッとしてしまう光景には違いない。インテリアの高級感も今一つということで、間違っても正規料金を払ってまでは乗りたくないようなグリーン車ではあるが、そもそもグリーン車を自腹で利用するような客は少数派だろうし、単にフルムーン対応で申し訳程度に設定してあるだけかもしれない。

小さな港町・土佐久礼を出ると、またしても四国山地越えを髣髴とさせる勾配区間へ入る。程なく台地に出てしばらく国道56号線と併走すれば、土讃線の終着駅・窪川に到着。以前周遊券を使って逆ルートを辿った際には、高知を越えて乗り通したので随分遠く感じたものだが、高知からだと所要時間はぴったり1時間と、意外と早いなという印象である。土讃線はここで終点だが、窪川を始発・終着とする特急列車は一本もなく、全て土佐くろしお鉄道中村線への直通となる。同じ土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線とは土讃線を介して80km以上離れており、同じ会社の路線でありながらこのように遠くに隔てられている例としては、他には旧京福電鉄くらいしか思い浮かばない。

右手に四万十川の流れを眺めつつ、土佐くろしお鉄道中村線とJR予土線の「営業上の」分岐駅である若井駅を通過。この辺りの説明は窪川駅の紹介と共に後の項に譲りたい。やや長いトンネルを一本抜けると、実際の分岐地点である川奥(かわおく)信号所へ差し掛かる。片や親方日の丸のJR線、此方国鉄から転換された第三セクター路線ではあるが、本線格は明らかに中村線の方で、一線スルーとなっている線路を軽やかに駆け抜けていく。特急列車はこの信号所を一瞬のうちに通過してしまうが、左手の車窓をじっと注視していると、眼下をこれから走っていく線路が現在の進行方向と直角に、谷筋の向こうへ延びているのがはっきりと確認できる。信号所の外れですぐに突入するトンネル内にて時計回りに3/4回転(270度)し、この標高差を埋めていくループ線となっているのだ。

ループ線を抜けてしばらく進むと離れていた国道56号線と合流し、線路は海岸を目指していく。線内最初の停車駅である土佐佐賀を出ると、再度真っ青な海とご対面。ごめん・なはり線から望む土佐湾も十分キレイだったが、やはりここまで足を延ばすと美しさも別格である。

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次の停車駅の土佐入野までは断続的ながらもほぼ海岸に沿って走り、土佐入野からの最終区間は田園地帯を駆け抜け、終点の中村に到着。時刻は11時30分、高知からは1時間40分の旅であった。といっても線路はまだ先へと続いており、ホーム向かいから2分の接続となる宿毛行きの各駅停車へ足早に乗り換える。

(2008.07.20)


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