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2009.11.15

四国62h (2-6)予土線・四万十トロッコ号(川奥信~江川崎)

川奥信号所を出た列車はごく短いトンネルに続いて、いきなり線内最長となる第1家地川トンネル(1196m)へ突入。トンネルを抜けると一時離れていた四万十川が右手に張り付き、以降江川崎のすぐ手前までずっと四万十川を下流方向に沿って走るようになる。窪川駅前後で広がっていた台地は既に尽き、川が悠揚と流れる明るい谷間を進んでいく。河口の中村までの直線距離は30km弱だが、この付近ではまだまだ上流域にあたり、海に注ぎ込むまでは約80kmの長い旅である。

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《(上2枚)家地川~打井川》

この列車は臨時列車ではあるものの同じ時間帯を走る定期列車のダイヤをそのままなぞっており、後部に連結されたキハ185系はその普通列車の肩代わりをしていることにもなる。というわけで乗降のない小さな駅にもひとつひとつ丹念に停まっていくわけだ。沿線には人家もぽつぽつと存在し、決して無人地帯というわけではないのだが、対岸には国道381号線が通っており、わざわざ列車を利用して町に出ようという人はやはり居ないらしい。

そして打井川付近からは四万十川の名物である沈下橋が車窓に何度も現れるようになる。増水時に水没することを前提に設計された橋で、水面からの高さが低く欄干が無いことが特徴。これほどまとまった数で残っているのは全国でもやはり四万十川を置いて他にないが、吉野川のような大河でも見ることが出来る。

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《沈下橋の一例》

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《打井川~土佐大正》

四万十川を最初にクロスする橋を渡り、少し長いトンネルを抜けると土佐大正駅。現在は四万十町に含まれる旧大正町の中心駅であり、行き違い設備も備えられ、窪川から来ると沿線で初めての町らしい町である。ここまでは比較的流れに忠実に線路が走っていたが、ここから先、川は激しく蛇行を繰り返すようになり(地形学上では「穿入蛇行(せんにゅうだこう)」と呼びます)、特に土佐大正~土佐昭和間(8.9km)ではトンネルと橋梁が切れ間無く交互に現れ、連続して3回も川を渡る区間がある。

乗客の大多数を占める中年・熟年の団体は出発から半時間余りの間にもうすっかり酒が入り、だんだんテンションも上がってきている。躾の悪い子供や不健全な鉄道マニアの姿が無いだけあって、連休&青春18きっぷシーズンという時期にしては車内の空気は穏やかではあるが、たまにその声のトーンが疎ましく感じられるのも確か。それでも列車の走行音の方がずっとやかましいので、これに打ち消されてしまうのがまだ救いではある。それにしてももう夏休みに入っているのに、子供が一人も乗っていなかったのは意外だった。

そしてもう一つ、窪川駅からテレビのクルーが乗り込んで、発車直後から前面・側面の展望や車内の様子を撮影して回っている。しばらく進むうちに目の前の席にスタッフの一人が着席し、痺れを切らして「何の撮影ですか?」と尋ねてみたところ、CS放送の鉄道番組なのだとか。番組名を聞いても知らなかったのでそう答えると、「あまり宣伝してませんので…」とのこと。四国特集ということで取材内容を聞けば、キハ185系の格下げ車だとか我が道を行くマニアックな内容で、一般人に媚びていない所には非常に好感が持てる。この彼、よくTVでも見掛けるホリプロマネージャーの南田裕介氏に風貌が似ていたのだが、ひょっとすると本人だったのかも(人の顔を覚えるのが苦手なもので)。

川はすっかり渓谷風情となり、トンネルは多いものの清流の眺めは相変わらず続く。元祖トロッコ列車がこの路線で走り始めたのも頷ける絶景である。窪川から宇和島へ向かう場合だと進行方向右側がおすすめだが、土佐昭和から先では今までお預けだった左側の席にも川を眺めるチャンスが訪れる。開業当初から蛇行する川を串刺しで抜けていた鉄道だが、その予土線全通前、連絡バスは江川崎~窪川間を3時間もかけて結んでいたそうだ。そのバスが通っていた国道も漸次路線改良が進み、鉄道開通で所要時間が一気に1/3に短縮されたインパクトも、快適走行が約束された現代の国道を前にすると既に昔語りの感もある。

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留萌本線の増毛・阪急京都線の桂と並び称され、みんな大好きハゲネタシリーズの総元締めと呼べるのは、そのものズバリの直情径行ぶりが素敵すぎる「半家(はげ)」駅。到着直前に流れる「はげ、はげです」のアナウンスは、乗客の構成員によっては時として車内に不穏な空気を呼び込みそうである。

その半家駅を過ぎてしばらく走ると、直進する四万十川から右カーブを描いて別れを告げ、間もなく行程の一区切りとなる江川崎駅に到着。定期列車の到着時刻は16時00分だが、トロッコ列車として運転される本日はスピードを落として運転されたため、約20分遅れの16時19分到着となった。もっとも出発時刻は16時32分なのでこの先のダイヤには一切影響せず、10分あまりの停車時間を利用して乗客はめいめいホームに降り立ち、気分転換を兼ねた駅の散策が始まったのだった。(続く)

(2008.07.20)


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