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2009.11.27

四国62h (3-6)四国縦断特急リレー(第一走者編)

特急しおかぜ・いしづち14号 松山(10:20) → 多度津(12:20)

この列車は前5両が岡山行き《しおかぜ14号》、後3両が高松行き《いしづち14号》の二層建て列車。2両編成から7両編成まで一両単位であらゆるコンビネーションが存在する2000系気動車に対し、8000系電車は5+3両のペアに統一されていてシンプルだ。2004年から2006年にかけて指定席車両とグリーン席がリニューアルされ、更新後に乗車するのは初めて。グリーン席は《しおかぜ》編成にのみ設置されており、松山駅ではその8号車はホームの先端に止まるので、ホーム上を延々と歩く羽目に。

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《流線形の顔が特徴の8000系電車。ここまで鼻の長いスタイルは在来線では珍しいです》

指定された席は海側の2番C。2000系とは異なり側窓は二列ぶんの大型窓だが、窓割りの良い位置を確保することが出来た(岡山・高松行きは偶数・松山行きは奇数)。座席が木製フレームのものに交換されているほか、床が九州の特急のようにフローリング風仕上げとなっている。横3列でシートピッチも広いので快適ではあるが、惜しむらくは指定席の座席と共通のパーツを使っているアームレストが小ぶりで、どっしりとした座席とは釣り合いが取れていないこと。ここは残念ながらリニューアル前からは退化した部分と呼べそうだ。

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《半室グリーン車・車内》

定刻どおりに松山を発車。道程も初っ端からカーブの連続する地平の線路を、振り子を効かせつつ走り抜けていく。多度津まで全区間が単線であることも相まって、四国第一の幹線とは思えないほどの泥臭さではあるが、これもまた四国らしいとも言える。もっとも単線のせいで、1時間間隔で行き交う特急列車の合間を縫って走るローカル列車が割を食っており、同じ区間で特急の2倍以上も所要時間が掛かるというケースもざらなのだが…。

ろくに海が見えない土讃線とは対照的に、予讃線では堀江~光洋台間を皮切りに4ヶ所、海岸線沿いを走る区間が存在する。特に安芸灘(斎灘)を望む大浦~菊間間は国道196号線とぴったりくっ付きながら、立て続けに現れる急曲線を振り子機構を最大限に活用しつつ豪快にクリアしていき、四季折々日の出から日の入りまで千変万化の表情を見せてくれる瀬戸内の多島美と共に、沿線最大の見どころとなっている。この辺りは父親の赴任中に何度も訪問しているので、自分の庭とまでは申さずとも、トンネルの中でも並走する国道の沿道の風景が瞼に浮かぶくらいの土地勘は持ち合わせている。

しまなみ海道(西瀬戸自動車道)で最も四国寄りの橋である来島海峡大橋のシルエットを遠目に眺め、10時58分、最初の停車駅である今治に到着。運転停車を除けば松山からここまで38分間ノンストップとなり、沿線の中小都市にこまめに停まっていく予讃線特急にしては長時間無停車の区間である。予讃線の単線電化区間では現状唯一の高架駅となっており、松山駅よりもむしろ都会的な印象だ。

旧東予市(2004年に西条市と合併)の代表駅だった壬生川(にゅうがわ)を過ぎ、伊予小松駅付近で松山から高縄半島の付け根を抜けてきた国道11号線および松山自動車道と合流。愛媛県の大動脈を構成しており、この間予讃線は高縄半島の沿岸を回り込んでいるので、都市間輸送を担う特急列車にとっては不利に働く要素である。勿論内陸部より沿岸部の方が断然沿線人口が多いので全く理に適ったルートなわけだが、高速道路との対抗上ではやはりハンデは大きい。今治小松自動車道の延伸や国道317号線の改良による今治~松山間のショートカットルートの完成など、JR四国の屋台骨である予讃線を取り巻く環境は厳しくなる一方だ。松山インター~松山市街間の渋滞が激しく、依然定時性の面で鉄道が優位に立っている(松山以西の《宇和海》も同様)のが不幸中の幸いではある。

標高1,982m、四国最高峰かつ西日本最高峰でもある石鎚山を右手の車窓に仰ぎ見つつ、ごくごく小規模ながらも四国唯一の鉄道展示施設が隣接する伊予西条、そして今治市の合併以前は東予地方最大の都市だった新居浜に停車。住友財閥の企業城下町・新居浜は幼稚園の頃に2年ほど住んでいた町で、かつて使われていた貨物ホームの跡も残る旧態依然とした駅構内は、せいぜい架線柱が立った程度で当時から何一つとして変わっていないような印象を受ける。あの頃はキハ185系が東海道・山陽新幹線の100系と並んで新型車両というポジションにあったっけ。時代は遠くなりにけり…

2駅連続停車の伊予三島と川之江では、扉が開くと同時に製紙工場から発する独特の臭いが車内に流れ込んでくる。この両駅は2004年から四国中央市というまるで小学生が考えたかのような名前の市に属するようになり、地名を弄ぶとはけしからん、宇摩市でいいじゃんと思ったのは私だけではあるまい。ただ、市域内には川之江JCTと川之江東JCTという2つの高速道路のジャンクションを擁し、高松・松山・徳島・高知各自動車道の4路線がここで結合する四国最大の広域交通の要衝となっており、ある意味これ以上相応しい名前はないという自己矛盾も起こるのだから困ったものだ。

川之江~箕浦間で愛媛・香川県境を越え、広義の高松都市圏の入り口である観音寺を過ぎると、次は私の下車駅である多度津。伊予三島以東は特に停車駅の多い区間だが、朝ラッシュ時や夜以降には高瀬や詫間にも停車し、これでは最早特急ではなく快速である。とはいえ、実際に特急定期券を利用しての通勤・通学は四国では当たり前の風景なのだが…。単線で列車の増発もままならない状況での苦肉の策、というのが実情か。

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《観音寺を出たあたり。終始ざっくりこんな感じであまり代わり映えのしない車窓です》

12時20分、松山からぴったり2時間で多度津に到着。過去の乗車では岡山~今治間の利用が常だったので、松山からだと結構遠いなという感想を抱く。新幹線接続特急とはいえ対東京では航空機利用が主流ということもあり、『フルムーン夫婦グリーンパス』対応で存置しているだけかと思われたグリーン車だが、一般客で結構埋まっていたのが意外であった。第二走者は34分後の《南風9号》。

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《多度津駅ホームにて。この列車の<しおかぜ>と<いしづち>の切り離し作業は宇多津で行います》

(2008.07.21)


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