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2009年11月の22件の記事

2009.11.30

四国62h (3-9)うだつは上がる、気温も上がる(前編)

2005年に発足した美馬市(みまし)の玄関駅である穴吹駅。駅名の由来となっている元・穴吹町の中心市街地はここから少し南東の穴吹川沿いに広がっているが、私が目指すのは吉野川対岸の脇町地区。駅からは少し距離があってコミュニティバスも運行されているものの、一日にたったの4往復しか走っておらず実用的ではないため(一応時刻表にリンク)、タクシーによる連絡が主流。2~3km程度とはいえ往復タクシーというのは財布にもキツいので、往路は吉野川の堤防沿いを歩いて向かうことにした。

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《穴吹駅・駅舎》

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2009.11.29

四国62h (3-8)四国縦断特急リレー(アンカー編)

特急剣山8号 阿波池田(13:34) → 穴吹(14:06)

《剣山8号》に使用される車両はキハ185系。国鉄民営化直前の1986年に導入された車両で、車内の艤装にバスと共通の部品を使用したりと徹底的なコスト削減を図っているが、その一方で投入当初から普通車でもフリーストップリクライニングシートを採用するなど、JR化後の飛躍的なアコモデーション改善への先鞭をつけた形式とも呼べる。「剣山」は全区間徳島県内を走るローカル特急で、運転間隔も2~3時間に一本のペース。徳島線はJR化後も結構長い期間、「よしの川」という急行列車が一大勢力を維持していた路線でもある。かつては「しおかぜ」や「南風」として四国全土を駆け巡っていたキハ185系だが、2000系の登場後は急速に活躍の場を縮小し、今では特急運用としてはここ徳島線と牟岐線、そして高徳線のごく一部に残っているのみ。余剰車は九州に渡って第二の人生を歩み始めたり、島内に残った車両も一部が普通列車用に格下げになったりと、登場後20余年という鉄道車両としては決して長いとはいえないライフサイクルの中で、何かと数奇な運命を辿る兄弟の多い形式である。

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2009.11.27

四国62h (3-7)四国縦断特急リレー(第二走者編)

四国の二大幹線・予讃線と土讃線の分岐駅である多度津。1889(明治22)年5月23日、讃岐鉄道により丸亀~琴平間に国鉄およびJRの系譜を辿る路線としては四国で初めての鉄道が開通したことから、四国鉄道発祥の地とされている。また、駅至近には構内から連絡線でつながっているJR四国唯一の車両工場(多度津工場)があり、四国随一の鉄道の町となっている。

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《多度津駅・駅舎》

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四国62h (3-6)四国縦断特急リレー(第一走者編)

特急しおかぜ・いしづち14号 松山(10:20) → 多度津(12:20)

この列車は前5両が岡山行き《しおかぜ14号》、後3両が高松行き《いしづち14号》の二層建て列車。2両編成から7両編成まで一両単位であらゆるコンビネーションが存在する2000系気動車に対し、8000系電車は5+3両のペアに統一されていてシンプルだ。2004年から2006年にかけて指定席車両とグリーン席がリニューアルされ、更新後に乗車するのは初めて。グリーン席は《しおかぜ》編成にのみ設置されており、松山駅ではその8号車はホームの先端に止まるので、ホーム上を延々と歩く羽目に。

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《流線形の顔が特徴の8000系電車。ここまで鼻の長いスタイルは在来線では珍しいです》

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2009.11.25

四国62h (3-5)松山市内線全線制覇 Part5

日本三古湯の一つ、道後温泉。旅行記の本題ではないので解説は省略するが、最寄り駅である道後温泉駅は明治28年に軽便鉄道として開業し、現在の駅舎は明治44年に建てられた前駅舎を完全再現して昭和61年に新築されたもの。明治末期から昭和末期までの長きに亘って使われていた旧駅舎に続いて、当駅舎は二代目にあたる。松山空港や松山観光港からは直通のリムジンバスが運行されており、駅周囲は松山随一の交通ターミナルとなっている。

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《道後温泉駅・駅舎》

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2009.11.24

四国62h (3-4)坊っちゃん列車に乗ってみました

*時系列上では「松山市内線全線制覇 Part4」に相当しますが、検索エンジン対応で改題しました。

坊っちゃん列車 古町(08:41) → 道後温泉(09:06)

8時40分前、10分毎に松山市駅行きの電車が発着するホームに、蒸気機関車?に牽かれたミニ客車が入線してきた。2001年、松山ゆかりの歌人・正岡子規の没後100年、そして翌年に松山城築城400周年という節目の年を迎えるにあたって、観光振興の目玉として松山市と伊予鉄道が足並みを揃え、鳴り物入りで登場した『坊っちゃん列車』である。

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《坊っちゃん列車第2編成。道後温泉駅ホームにて到着後に撮影》

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2009.11.22

四国62h (3-3)松山市内線全線制覇 Part3

本町六丁目からは専用軌道の城北線へ。この停留所の乗り場は大通りをはさんで方面別に東西に分かれており、電車は片方のホームを必ず通過するという面白い構造になっている。なぜかこの停留所で動画を3本も撮影していたので、下に貼り付けておきます。


【動画】伊予鉄松山市内線・本町六丁目駅にて
 [Scene 1] 東行(上一万方面)ホームを通過する2系統電車
 [Scene 2] 本町線ホームから踏切を渡る電車を眺める
 [Scene 3] 2系統電車から木屋町→本町六丁目間の前面展望を眺める

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2009.11.21

四国62h (3-2)松山市内線全線制覇 Part2

松山市駅は路面電車および鉄道線の3路線すべてが集結する伊予鉄道最大のターミナル。JRの松山駅は中長距離旅客主体の駅なので、松山都市圏の近郊輸送についてはこの駅が市の中心駅としての役目を担っている。JR松山駅周辺はホテルは多いものの実のところそれほど繁華な地区ではないのだが、松山市駅については駅ビルの中に大型百貨店(四国では最大の規模を誇るのだとか)が入居しているほか、駅の東側からは大街道と並んで松山市を代表する商店街である銀天街が始まっており、名実共に市の核となっている。

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2009.11.20

四国62h (3-1)松山市内線全線制覇 Part1

7月21日、祝日の月曜日。早くも旅行最終日である。起床した午前6時過ぎにはもうすっかり明るくなっており、今日もまたまた抜けるような青空が広がっている。

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2009.11.18

四国62h (2-8)夕闇を掻き分けスプリンターは駆ける

夕方になって到着した宇和島市は、愛媛県南予地方の中心都市。近年は人口の流出が著しいものの、約9万の人口を抱えており、JR四国直営のホテルを併設した駅ビルや広い駅前広場、そして駅前から延びる商店街など、駅周辺を概観しただけでも今朝高知を出てきて以来久々となる都会らしい風景である。徳島から先の牟岐線や高知から先の土讃線ではただひたすら辺地へ下っていく印象が強いものだが、松山から先に延びる予讃線の終端にもこのように拠点都市が築かれており、そういった点で先の2線とは趣を異にしている。

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《宇和島駅の駅前広場》

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2009.11.17

四国62h (2-7)予土線・四万十トロッコ号(江川崎~宇和島)

江川崎(えかわさき)駅は旧西土佐村の中心駅だが、町の外れにあって国道も川の対岸を通っているので、駅はひっそりとした佇まい。そんな静寂を突き破るように我らが「チーム四万十トロッコ」の参上である。現在西土佐村は四万十市の市域内となっており、市役所の本庁が置かれている中村へは国道441号線が通じている。この道、手元の道路地図では国道でありながら細い線で描かれており、典型的な山間部の「酷道」であることは想像に難くない。その利用者数に釣り合わぬほどに駅前広場が広いのは、かつてこの駅に窪川とを結ぶバスが発着していた時代の名残なのだとか。

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2009.11.15

四国62h (2-6)予土線・四万十トロッコ号(川奥信~江川崎)

川奥信号所を出た列車はごく短いトンネルに続いて、いきなり線内最長となる第1家地川トンネル(1196m)へ突入。トンネルを抜けると一時離れていた四万十川が右手に張り付き、以降江川崎のすぐ手前までずっと四万十川を下流方向に沿って走るようになる。窪川駅前後で広がっていた台地は既に尽き、川が悠揚と流れる明るい谷間を進んでいく。河口の中村までの直線距離は30km弱だが、この付近ではまだまだ上流域にあたり、海に注ぎ込むまでは約80kmの長い旅である。

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2009.11.13

四国62h (2-5)予土線・四万十トロッコ号(出発編)

四万十トロッコ1号 窪川(15:02)→宇和島(17:51)

さて、いよいよ本日のメインイベントである《四万十トロッコ》号への乗車の時間がやって来た。予土線のトロッコ列車の運転開始は1984年、今となっては全国津々浦々で運転されているトロッコ列車のパイオニアと呼べる存在である。現在もこの運行開始当時の貨車改造の車両が「清流しまんと号」の愛称でもって現役で活躍しているが、私が乗車するのは1997年に第二弾として登場した新型客車。特急型気動車のキハ185系と常にペアを組み、宇和島方面へ向かう際にはトロッコ客車の運転台を先頭とした推進運転となるという、さながらクハ+クモハの気動車版である。宇和島まで乗り通すと3時間近くの長丁場となるが、キハ185系の方にトイレが付いているので安心だ。

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2009.11.12

四国62h (2-4)2/88

宿毛線普通 宿毛(12:50)→中村(13:20)
特急南風20号 中村(13:25)→窪川(13:59)

ホームには先ほど宿毛に到着した時の状態のままで2両のディーゼルカーが発着線を埋めているが、12時50分発の列車として出発するのは乗ってきた列車ではなくてもう一方のほう。土佐清水市出身のジョン万次郎にちなんで「ジョン万」というニックネームが付いており、貫通扉にもヘッドマークが掲げられている。彼はアメリカへ渡航した際に日本人で史上初めて鉄道に乗車した人物だそうだ。ちなみに乗ってきた方の車両はやなせたかし氏デザインによる「だるま夕日号」である。

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2009.11.11

四国62h (2-3)高知の果て、日本の果て(後編)

中村駅は中村市の中心駅…と書こうとして、2005年に四万十市となっていたことに気が付く。人口約3万6千人、四万十川の河口近くに開けた、幡多(はた)地方と称される高知県西部地域の中心都市であり、四万十川や足摺岬、そしてホエールウォッチングなど、観光の拠点としても県都高知に次いで華やかな街だ。戦後間もなく地震によって古い建物は壊滅してしまったが、土佐一条氏の城下町として「土佐の小京都」の異名もある。そして市街地から路線バスで足摺岬方面へ45分ほど揺られると、土佐清水市という町に入る。ここは東京からあらゆる公共交通機関を駆使しても、最も移動時間の掛かる市だと言われており(地理的な端である稚内市や石垣市には空港がありますので)、もう一つの日本の果てと呼べる場所かもしれない。

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2009.11.10

四国62h (2-2)高知の果て、日本の果て(前編)

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《高知駅で発車を待つ2000系<南風1号>》

特急南風1号 高知(09:50)→中村(11:30)

《しまんと3号》の切り離し作業のために11分停車している《南風1号》だが、のっそりと発車間際に乗り込む。曲がりなりにも新幹線と接続して都市間輸送を受け持つ区間はここまでで、この先は列車本数が半減してほぼ2時間おきの運転になり、高知県内のローカル特急の色彩が濃くなる。JRの特急をヨーロッパ流に訳せばインターシティとなるが、ここから先の区間にはまとまった規模の都市は無いため、別にインターレギオ辺りの訳を当て嵌めたくなるもの。ちなみに高知止まりの《しまんと3号》から乗り換えた場合、改札を出なければ特急料金は通算となる。

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2009.11.08

四国62h (2-1)朝とて日差しは容赦なく

7月20日、日曜日。カーテンを開ければ既に日は高く、ピーカンの青空が広がっている。今日はほぼ一日中列車に乗り通しではあるが、やはり昨日と同様に真夏の猛暑に見舞われそうだ。

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2009.11.07

四国62h (1-14)赤岡絵金祭り2008・その2

夕陽が完全に建物の陰に落ちていった18時45分頃(この日の日没時刻は19時14分 - wunderground.comより)、とうとう日射を避けて屋内へ退避していた屏風絵の数々が、通りの表へ一斉に姿を見せた。一年365日のうちでたった8時間だけ幻のように現れる、野外美術館の開幕である。

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2009.11.06

四国62h (1-13)赤岡絵金祭り2008・その1

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《あかおか駅・外観》

あかおか駅は、現在合併により香南市となっている旧赤岡町の中心駅。平成の大合併のさなか、日本で最小の面積の自治体となった時期もあったが、この小さな町の夏の風物詩が、幕末~明治初期に活躍した浮世絵師・弘瀬金蔵の手による屏風絵を野外展示する、『絵金祭り』である。

「絵金」は、土佐の芝居絵師・金蔵の通称です。 幕末から明治の始めにかけて活躍しました。 もとは土佐藩家老桐間家の御用を勤める狩野派の絵師でしたが、 贋作事件に巻き込まれ、城下追放になります。 野に下った絵金は、叔母を頼りにこの赤岡の町に定住し、 酒蔵をアトリエに絵を描きました。 (絵金蔵公式サイトより)

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2009.11.05

四国62h (1-12)チョイ降り2題

ごめん・なはり線快速 安芸(16:15)→伊尾木(16:19) ※安芸から普通

安芸からタイガース列車に乗って東へ一駅、伊尾木(いおき)駅で下車。安芸駅からは3km弱の距離があり、伊尾木地区と呼ばれる住宅地の中に所在する。この駅は地上駅で、駅の前後には建設費節減を目的として鉄建公団建設線らしからず踏切が連続している。安芸以西にも踏切は何ヶ所か存在し、智頭急行や北越急行のように高速で特急列車が走るような路線ならば大いに問題があるだろうが、せいぜい1時間に上下1~2本程度のローカル路線ということで、これも妥協の産物ということなのだろう。

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2009.11.03

四国62h (1-11)安芸を巡る・その2

野良時計から少し北上し、土居廓中(どいかちゅう)と称される武家屋敷街へ。ここには土佐藩の家老・五藤氏の家臣たちが居住していた屋敷群が残っている。

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2009.11.02

四国62h (1-10)安芸を巡る・その1

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《安芸駅駅舎。物産直売所を併設している》

安芸でも時間を取って街歩きを楽しむつもりだが、時刻は午後1時半を回っており、まずは腹ごしらえ。安芸には「釜あげちりめん丼」という名物料理があり、市内に11軒ある黄色いのぼりの立った店で賞味することが出来る。駅前広場に面した場所にも一軒存在し、この猛暑の中で他の店を探して回るつもりにもなれないので、すんなりココに決める。

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