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2012.05.25

マレーシア (3-6)マラッカ旧市街その1(白昼のチャイナタウンにて)

というわけでマラッカの旧市街探検に出発。下の2枚の写真はホテルの前を走るトゥン・タン・チェン・ロック通りで、先述のようにプラナカンの邸宅が多く残る風情のある通りなのだが、残念なことに交通量が多く歩道らしい歩道もないため、邸宅の美しい外観を眺めながらのんびり歩かせてはくれない。西向きの一方通行なので交通の流れ自体はスムーズなのだが、バイパス道路への誘導が上手くいっていないため、狭い通りに観光客と通過交通が錯綜するという状態に陥ってしまっている。チャイナタウンはマラッカで一、二を争う観光資源であるわけだし、ここは自動車に若干遠回りを強いることになったとしても、通過するだけの一般車の流入は制限すべきだろう。

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後述するようにチャイナタウンと銘打ちながら、実際は異民族が平和に共存するマレーシアを象徴するようなエリアなのだが、それでもやっぱり主流は華人たち。『Hotel Puri』の西隣には「永春会館」という華僑の集会所がある。永春とは現在の福建省泉州市の一地域のことで、かつて「海のシルクロード」の東の起点としてマルコ・ポーロの「東方見聞録」にも登場したほどの大港湾都市だったのだとか。土砂の堆積により港湾機能を喪失したのち、市民は活路を求めて東南アジアの各地に移り住んでいったらしいのだが、その末裔たちが同じく海上貿易の要衝地だったマラッカに根を張っているのも必然といえる。

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《永春会館・外観》

それにしてもこんな真昼間に屋外を歩き回るのは、4日前のバンコク寺院巡りの日以来。シャワー上がりにアスファルトからむせ返る匂いは、完全に真夏の夕立の後のそれである。

トゥン・タン・チェン・ロック通りから路地を介して一本北側の通りへ向かう。新年を祝う飾り付けがされていたが、2012年の旧正月は1月下旬でまだ一ヶ月以上も先。とはいえクリスマスだってフライングスタートは多いわけだしね。

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トゥン・タン・チェン・ロック通りの一本北を並行して走るのは、「ハン・ジュバッ通り(Jalan Hang Jebat)」。マレー語名よりも英語名の「ジョンカー・ストリート(Jonker Street)」の方で親しまれている。こちらも通り沿いにひたすらショップハウスが並び、ババ・ニョニャの伝統的な家具・調度品を扱うアンティークショップ街として有名である。豊富な商品のうち、商売に失敗したり時代に乗り遅れたりなどで凋落したプラナカンの長者が窮した末に売りに出したものも少なくないそうだ。有為転変は世の習い、華やかさだけではないプラナカンの足跡を伝えるもう一つの場所である。

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《(上2枚)ジョンカー・ストリートにて》

それはともかく、こちらの通りも東向きの一方通行で通過交通をさばいており、路肩に停まる車(駐車スペースに線が引かれていたので違法駐車では無さそう)が邪魔なうえに歩道も非常に狭く、散策を楽しもうにも興がそがれてしまう。こうして実際にツーリストのアクセシビリティの障害になっているだけでなく、印象面でも「所詮中進国の観光政策なんてこんなもの」と、マラッカの街だけでなくマレーシアという国そのものの沽券にも関わりかねないことなので、現状のまま放置せず真剣に対策に乗り出した方がいい。

この通り沿いの一角にこんな広場があり、そこには…

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唐突にこんな面妖な像が設置されている。どうやらマラッカ出身の伝説的なボディービルダーらしく、「ミスター・マラッカ」「ミスター・マレーシア」「ミスター・アジア」「ミスター・ユニバース」「マレーシアのボディービルダーの父」と、ありとあらゆる表現で賛辞が綴られている。建立した関係者達は至って大真面目なのだろうが、私にはどうしても2ちゃんねるに貼り付けられている皇太子殿下のAAにしか見えない。ちなみに知り合いにボディービルダーが一人いるが、体脂肪が極端に少ないために免疫機能が低く、しょっちゅう体調を崩しているとか。「過ぎたるは及ばざるが如し」、です。

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そんな“迷”所を訪ねつつ、更に北上して「カンポン・クリン・モスク(Masjid Kampung Kling)」へ。イスラム寺院ではあるが外観は東洋風(スマトラ様式)というユニークな設計で、ミナレットもパゴダ(仏塔)に似せて造られている。

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《カンポン・クリン・モスク(西側から)》

カンポン・クリン・モスクの入り口があるのがトコン通り(Jalan Tukang Emas)。わずか100mほどの間に中国寺院・イスラム寺院・ヒンドゥー寺院と3つの異なる宗教の寺院が共存しており、「ハーモニー通り」の別名がある。単に寺院が隣接しているだけでなく、あろうことかイスラム寺院の真ん前で堂々と禁忌の豚肉料理を販売したりと、長い歴史の中で培ってきた象徴に留まらない寛容さが垣間見られるのが特徴となっている。

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《トコン通り(ハーモニー・ストリート)》

モスクの内部を入り口から。3種の寺院いずれもがマレーシア最古のものだそうな。

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ハーモニー・ストリートを通り、オランダ広場に近づいたところで再びジョンカー・ストリートへ。ショップハウスを改装したレストランや土産物店が並び、狭い歩道に観光客がひしめき合っている。「マレーシアの京都」などと例えられることもある古都マラッカだが、ここはまるで嵐山の雑踏のよう。

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旧市街を東西に隔てるマラッカ川を渡る。ここから上流へ向けて往復するリバークルーズ船がひっきりなしに運航されており、私も今晩乗船することになる。

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《マラッカ川(上流方向)。中央に写っている船がリバークルーズ船》

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《マラッカ川(河口方向)》

次回はマラッカ旧市街のヘソ、オランダ広場から。

(2011.12.14)


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