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2012.10.04

『マウリッツハイス美術館展(神戸市立博物館)』を観てきました

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17世紀オランダ・フランドル絵画の珠玉の作品たちが我が街に! ということで、先月17日までの東京展を終え、いよいよ同月29日から神戸展が始まった『マウリッツハイス美術館展』に、さっそく足を運んできました。


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《会場の神戸市立博物館》


今回展示の作品群が収蔵されているマウリッツハイス(Mauritshuis)はオランダのデン・ハーグにある美術館ですが、今年4月から2年をかけて実施されるリニューアル工事に伴い一時休館へ入るのを機に、こうして日本とアメリカの計5都市をめぐる巡回展が実現する運びとなったわけです。そのなかでも東京展と神戸展では最多となる48点が展示されています。

今回の展覧会では珍しくオーディオガイドを使ってみようかな?という気になったのですが、「スペシャルナビゲーター:武井咲」の文字を見て「やっぱりやーめた」、と(笑)。別に彼女に罪は無いのだけれども、こういう“お堅い”展覧会に今売り出し中の芸能人をねじこむの、やめてくれないかなぁ。そもそも客層が全然交わらないでしょ。そういえば去年の『フェルメールからのラブレター展』でも、AKB48の片割れがテーマソングを歌ってましたが。

それは置いておいて、この時代のオランダ・フランドル絵画の魅力とは。当時のオランダはスペインから独立を勝ち取り、新興国として世界規模の海上貿易によって富を得た市民階級が台頭してきた時代。それまでの西洋画というのは宗教や神話・歴史を題材としたアカデミックなものがその全てでしたが、この頃から必ずしも高貴な身分ではない市井の人々の肖像画や、庶民の何気ない暮らしぶりを描いた風俗画が、一般市民の経済力の向上とそれを受けてのブーム化を背景として、盛んに描かれるように。一方でそれまで主流だった宗教画は、偶像崇拝を禁じたプロテスタントを国教とするオランダでは急速にその需要が失われていきます。その他、風景画や静物画についても古典的なお約束事に囚われることのない、絵画界のパラダイムシフトとも呼ぶべき自由な作風が一ジャンルとして確立した時代でした。そういったジャンルの絵画は鑑賞するのに際して宗教・神話・歴史の素養が要らない、というのも普及に拍車を掛けた大きなファクターで、それはキリスト教文化に馴染みのない我々日本人にとっても同様。そういった点で西洋絵画のうちでは、印象派・ポスト印象派に次いで私にとっては親しみやすいのです。

展示作品は順番に(1. 美術館の歴史) → 2. 風景画 → 3. 歴史画 → 4. 肖像画・トローニー → 5. 静物画 → 6. 風俗画という章立てになっているのですが、全編を通じて只々舌を巻くのはその描写の驚異的なまでの緻密さ。当時はもちろん写真機なんてものはなく、「カメラ・オブスキュラ」というピンホールカメラの原型のようなもの(フェルメールが画法の研究に使っていたという説があります)が存在するに過ぎなかったのですが、そのフランドル絵画の旗手たちが板およびキャンバス上で見せつける人間業とは思えぬスーパー超絶技巧は、それこそ写真と見紛うほど。先ほど話に出た『フェルメールからのラブレター展』でも感じたことなのですが、この時代を代表する画家といえばやはりレンブラントやフェルメールになるのですが、無知な私には何故彼らが格別に高評価を受けているのかさっぱり理解できないほどに、皆さんもうとにかく上手すぎなんです(笑)。だからこそ、19世紀のカメラの登場と共に「見たままを忠実に写し取る」という需要が取って代わられるようになり、絵画の変革を余儀なくされた結果、印象派・キュビスム、そして抽象画という方向性へと進化していくことになるわけですが。

『シメオンの賛歌』に「光と影を操る画家」レンブラントの真骨頂を見た歴史画のコーナーを抜けると、今回の展覧会の目玉、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』がお出ましに。この作品のためだけにまるまるひと部屋が宛がわれているというVIP待遇ですが、まぁ当然ですかね。間近で見るには列に並ばなければならないのですが、順番が来て絵の前で立ち止まっていると、すかさずスタッフから「少しずつ進みながらご覧くださ~い」という指示が飛んできます(汗)。立ち止まらずに…って、こんなコト言われたのは22~3年ほど前に訪れた、上野動物園のパンダ館の時以来かも。「北方のモナ・リザ」という二つ名もあるこの作品ですが、そういや本家のモナ・リザも写真撮っただけでろくに鑑賞できなかったもんなぁ。この日は平日でそれほど混雑はしていなかったのですが、土・日・祝日は一体どのような惨状?になるのやら。

これは余談ですが、フェルメールの作品は三十数点しか現存しないという希少価値で知られているものの、実のところ結構頻繁に来日しているんですよね。この『真珠の耳飾りの少女』も直近では2000年に大阪へ来ています。そういえば『フェルメールからのラブレター展』と同じ美術館で開催された『ワシントンナショナルギャラリー展』を後日観に行ったときも、『フェルメールからの~』の会期終了が迫っていたため、入場まで60分待ちの行列が出来ていてビックリした覚えが。やっぱりフェルメールの訴求力ってスゴいですよね。ただ、私はフェルメール独特のピントがぼやけたような描き方よりも、カリッとシャープに対象物を模写する、言うなれば“愚直”な作風の方が好みなのですが。我々21世紀の人間が300年以上も昔、写真のなかった当時の風俗や文化を詳細に知ることが出来るのは、彼ら巨匠たちだけではなく二番手・三番手、そして星の数ほどの無名の画家たちによる克明な記録があってこそなのですよね。

今回の展覧会では最も出展数が多い『肖像画と「トローニー(→不特定の人間を描いた人物画)」』の章では、レンブラント老年期の自画像が見もの。深い皺が幾筋も刻み込まれたその顔面に、波乱万丈の人生の末に辿り着いた境地のようなものが凝縮された一枚です。その次のコーナーは、超絶技巧大爆発の静物画。これまでのコーナーでもそうだったのですが、この時代の作品には大抵、フレーム中に何気なく置かれたモノや動物、登場人物が身に着ける装飾品などに寓意が含まれており、それが作品の中へ明に暗に込められたメッセージを読み解く重要な手掛かりになっています。結構頻出のパターンというのが存在するので、それを覚えておくだけでもかなり穿った見方が出来ますよ。私もBS日テレの『ぶらぶら美術・博物館』で予習をしてから行ったので、まぁ… そこそこは(笑)。ところでカレル・ファブリティウスの「ごしきひわ」、だまし絵のように手前に飛び出して見える止まり木に、『ぶらぶら~』の中でおぎやはぎが「これ、3Dだよ!」と驚嘆していたのですが、実物を目にして私も全く同じ感想を抱きました。まさか裸眼立体視が350年も前に実現していたとは。

最後のコーナーは17世紀オランダ・フランドル絵画を象徴するジャンルである風俗画。現代でいえば庶民の日常を撮影したスナップ写真、といったところですが、こちらも例の寓意を使って瞥見しただけでは理解できないような、深~い意味が込められていたりします。人間の理想像の具象化を目指したルネサンス美術とは対極の存在ともいえる、決して歴史の表舞台には現れることのない庶民の飾らぬ生活ぶりを赤裸々に描いた作品群は、現代に生きる私達に「どれだけ生活様式やテクノロジーが進化したって、人間の本質なんて永遠に変わらぬのよ」という真理を伝えているかのよう。それがより顕著に現れているのが、もう少し前の時代にオランダで活躍したヒエロニムス・ボスやブリューゲル(父)が描く、痛烈な皮肉を込めたユーモラスな世界観だったりするのですが。古代ローマ時代から「最近の若い者は…」という常套句が使われていた、という有名な話がありますが、精神の鈍磨に起因する教条主義が幅を利かせて喧しい今日この頃。所詮人間なんてどこまでも愚かしい存在なのですから、それを自覚した上でなお、気高く美しく生きてみろ!と、私なんかは思うのですけれどもね。

そんなわけでサラっと展覧会の印象を述べてみました。マウリッツハイスの主要作品のうち、『テュルプ博士の解剖学講義』や『デルフト眺望』は今回は来ていませんでしたが、一時休館中はデン・ハーグ市立美術館に移されているようです。まぁ、せっかく遠方からデン・ハーグを訪れてレンブラントもフェルメールも見れないのでは、流石に悔やんでも悔やみきれないですからね。私も現地を訪問した際のお楽しみに取っておくことにします。というか、実は今年中にオランダを旅行するつもりでいたのですが… あぁ、また有言不実行(笑)。ミュージアムショップにはフェルメールとコラボした「青いターバンを巻いたミッフィー」などの限定品もありますので、ご興味があればどうぞ。

【追記】
後日、デン・ハーグ市立美術館を訪問しました。こちらのリンクから

で、最後に苦言を呈しておくと、『真珠の耳飾りの少女』の誘導方法は最悪。立ち止まらずに、って、一体絵画鑑賞を何だと思ってるんだ。こういうことを平然とやってのけるから、そこにシビれるあこがれる日本の“文化レベル”は低いと嗤われてしまうのが解らないのでしょうか。どうせお互い様なのだから、混雑承知で一人10秒程度立ち止まるくらいは容認すべきでしょう。ちなみに私は実際に対面したところで、何の感慨も湧かなかったのですけどね(爆)。私がオトコのくせに二次元・三次元問わず、美少女や美女の類に全く関心をそそられないという理由もあるのですが。フェルメールのウルトラマリンブルーよりも、幕末~明治初期に描かれた極彩色の浮世絵の方がはるかに印象深かったです(もちろん経年の差もありますが)。

さて、現在兵庫県立美術館で開催中のバーン・ジョーンズ展や、今月16日から国立国際美術館ではじまるエル・グレコ展。あまり「引き」を感じないので、行ってみようかどうかちょっと迷ってますが…。もし行ったらまたここで書きますね。

マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝 公式サイト
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/


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