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2015.07.09

15/06/09 (4)新生・女川駅をたずねて

 石巻線の終着駅・女川駅にやって来ました。仙石線全線復旧および仙石東北ライン開業に先立つこと2ヶ月の3月21日、高台・内陸移設したうえで4年ぶりに営業を再開した駅です。ホームに降り立ってすぐに乗ってきた列車を撮影しましたが(下1枚目の写真)、ここまで乗り通す人が想像していたよりもずっと多かったのが意外でした。


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 で、下車した皆さんのお目当てはココ、『女川温泉ゆぽっぽ』という、駅に併設された日帰り入浴施設でした。


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 私の方はMr.GeeLeeとのタイマンバトルを依然継続中なので、まずはトイレへ。女川駅での滞在時間は一本落とした次の列車が折り返すまでの1時間08分しかないので、傘を広げてちゃちゃっと駅および周辺の観察に向かいます。

 とりあえず駅舎全景を。建物のデザインは羽を広げて飛翔するウミネコの姿をイメージしているそうです。


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 駅舎の前には足湯がありますが、今日は雨天なので営業休止となっていました。


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 駅から出た所には仮の観光案内板が設置されていました。女川駅周辺の商業エリアの整備計画図が記載されており、今年中に続々と施設がオープンするようです。


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 駅正面から海岸へ向けて延びるプロムナードも工事中でした。


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 とりあえず海岸まで往復してみたいのですが、現在のところは真っ直ぐ向かうことは出来ず、南側(=駅から見て右側)へ大回りしなければならないようです。この雨の中を歩くのは億劫ではありますが、被災地訪問は今回の旅の必修科目でもあるわけなので、頑張って歩き出します。

 プラットホームからも既に見えていましたが、駅から視界に入る範囲はどこもかしこも忙しなく重機やダンプカーが動き回っており、街全体が造成中のニュータウンのようです。変な喩えですが、延伸したての大阪モノレール彩都線に乗って初めて彩都西駅に降り立った時のことを思い出しました。


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 もう4年も経っているので当たり前なのですが、津波による被害の痕跡はほんの一欠けらさえも残っていません。やはり何処から見ても街開き前のニュータウンで、「都心からわずか○○分、海と山に抱かれる豊かな暮らし」なんて看板が立っていてもおかしくないような風景です。この一帯には住宅は建設されず、商業・公共施設と震災のメモリアルゾーンが設けられます。


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 こちらは旧女川町立病院、現在は女川町地域医療センターとなっている建物です。海岸からやや高低差のある丘の上に立っているのですが、それでも津波が1階部分まで押し寄せたそうです。女川駅方向に掲げられた横断幕には、「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ。」という、震災当時小学生だった女の子が詠んだという詩が書かれていました。


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 雨でところどころ足場が悪くなっていましたが、どうにか海岸に到着です。ここからは牡鹿半島先端に浮かぶ島、金華山へのクルーズ船が出発しています。


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 女川港を遠望。


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 内陸方面を振り返って。2枚目の写真に女川駅が写っていますが、以前あった場所からは200mほど後退したそうです。


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 海岸そばには、被災前の女川交番の写真が掲示されていました。かつての女川を訪れたことのない私にとっては、もともとこの場所に街があったという想像さえも不可能です。


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 港の出口方向を眺めて。この地に根を張り続けるという決意は即ち、海がもたらす豊饒と災厄、その二面性を受け入れた上でなお海と共に生きていくという覚悟と同義、ということなのでしょうね。


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 あまり時間もないので、海岸を少しうろついたところで駅へと戻ります。こちらは女川町地域医療センターのある丘へと登る階段。


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 階段を上がって少し南へ歩くと、七十七銀行女川支店の被災者行員の方(12名死亡・8名行方不明)の慰霊碑がありました。女川町民の1割が命を落とした未曾有の大津波。同じ三陸海岸でも岩手県沿岸部のように、必ず来る日のために普段から高台への避難訓練を定期的に実施するといった備えがあればまた運命も変わっていたのかもしれませんが、やはり「想定外」であるが故の悲劇だったのでしょう。


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 高台から商業エリアの建設現場を見下ろして。


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 濡れねずみになりつつも、無事女川駅へ戻ってきました。駅舎の3階は海側と山側、両方の景色を眺めることができる展望フロアになっています。今回は1時間の滞在で駅を後にしますが、20年後や30年後にまたここから見える景色を確かめに来たいものです。……それまで日本自体が経済的に持たないかもしれませんが(ぼそっ)。


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▲展望フロア

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▲海側

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▲山側、駅ホームを見下ろして


 上述の『女川温泉ゆぽっぽ』にも立ち寄り、物産コーナーでお土産購入。これからまだ仙石線沿線の散策が控えているのであまり荷物は増やせないのですが、店員さんオススメのさんまそぼろの瓶詰めとわかめスープを買うことにしました。帰ってから食べてみましたが、どちらも美味しかったです。ちなみに現在のイチオシ商品は、女川の特産品を使った日替わり弁当とのこと。女川駅訪問の折には昼食にぜひどうぞ。


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 レジでの会計時に店員さんに「次の列車で帰られるのですか?」と問われ、「ええ、せめてあと1時間滞在したかったのですが、列車の時間の関係で…」と答えざるを得ず。実は往路の仙石東北ライン、当初は一本早い仙台7時24分発で検討していたのですが、石巻着が8時18分なのに対して女川行きの石巻発が8時03分発と接続を取っておらず、逆に女川出発を遅らせようとしても11時10分のあとは13時20分と2時間も開いてしまい、こうして仕方なく滞在1時間の弾丸スケジュールを組むことになってしまいました。今回のダイヤ改正は基本的に仙石東北ラインに関連する線区のみが対象なので現時点では他路線のダイヤとのすり合わせが不十分ということなのでしょうが、仙石東北ラインが担う復興支援にはもちろん女川町も含まれているはずなので、来年春のダイヤ改正で接続が改善されることを強く望みます(というか改善してくれないと困ります)。本音を言えば仙石東北ラインの女川乗り入れが最善策なのですが、女川駅ホームが4両対応ということから鑑みても、こちらは今年中に予定されている各種施設の開業に合わせてまずは臨時列車という形(定期化するには車両の増備が必要でしょう)で遠からず実現しそうな気配がします。
【追記】
 仙石東北ラインの石巻線石巻-女川間への乗り入れは、2016年夏頃開始の予定です。

 新生女川が力強く踏み出した第一歩を見届けた所で、石巻方面へ戻ることにします。

(2015.06.09)


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