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2015.10.08

15/10/03 ふたつの「旅立ち」

 母の付き添いで東京へ出掛けることになりました。東京近郊住まいの親戚と友人に会うためなのですが、在京も経験しているとはいえ還暦を過ぎた今、首都圏の複雑な鉄道路線を一人で乗りこなすのは難しいということで、個人旅行のベテランである私が案内役として同行することになったというわけです。とはいっても5日間の旅で実際に二人行動になる時間は少ないので、今回の旅行記もいつもと殆ど変わらないテイストになるかと思います。一応簡単にスケジュールを説明しておくと、

1日目:大阪から新幹線で東京へ。世田谷の病院へ入院している親戚(母の叔母)を見舞いにいく
2日目:母は再び病院へ。私は単独で東京都内散策
3日目:母は都内で友人と合流し、そのまま友人宅で2泊。私は普通列車乗り継ぎで会津若松へ
4日目:普通列車乗り継ぎで新潟へ
5日目:普通列車乗り継ぎで東京・新宿へ。母と新宿で待ち合わせ、新幹線で大阪へ

といった感じです。ま、海外ではなく国内ですから気楽なもので、ひたすら坦々と進んでいく旅――になるはずだったのですが。今年はやっぱりオカシイですね、「歩くイベントフラグ」こと私の固有スキルがまたしても頼んでもいないのに発動し、まさかの波乱の幕開けになってしまったのでした……。



 1日目は書くことは少ないのですが、ごく簡単にまとめておきます。

 まずは<のぞみ8号>で品川へ。今回はトーキョーをブックマークする例の新幹線+ホテルセットプランを利用したのですが、朝のいい時間帯の新幹線は追加料金が掛かるので、追加料金不要で最も出発の早い10時03分発の便を選択しました。とはいえあまり早起きするのもしんどいので、これ位の時間が丁度いいです。


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 この列車は今春のダイヤ改正でスタートした、東海道新幹線内での285km/h運転の対象列車。さすがに早朝・深夜時間帯の東京-新大阪間2時間22分運転には及ばないのですが、それでもこの時間帯に走る他のN700系<のぞみ>よりも同区間で所要時間が3分短くなっています。当然距離の長い名古屋-新横浜間で時間を稼ぐのかと思いきや、実際には短縮時間は新大阪-名古屋で2分・名古屋-新横浜で1分となっているようです。確かに名古屋以西の方が線形が良好ですからね。半世紀前に造られた線路設備でここまでのスピードアップを実現した東海道新幹線ではありますが、その代償は急カーブでの遠心力と細かい振動に如実に表れており、本を読み始めたならばたちどころに乗り物酔いを起こしそうです。皆さんこの環境の中でよくあの小さい画面のスマホをいじれるものだと感心します。

 今日からの5日間は、予報によると非常に天気が良くなる模様。富士山も下の写真のとおり、山頂までくっきりと見ることができました。


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 母と「キレイねー、ウフフ」と話していたところ、ここで母のケータイに叔父から着信。実はこれから見舞いに行く叔母の容態が3~4日ほど前から突然悪化したそうで、画面に表示された叔父の名前を見た瞬間にドキッとしたのですが、やはり悪い予感が当たってしまいました。たった今、息を引き取ったという連絡でした。旅行の予約を入れた2週間前の時点ではまだメールでやり取りが出来るほどには元気だったらしいのですが、せめてあと3~4時間早ければどうにか間に合ったものを……。こんなドラマみたいな出来事、本当にあるんですね。ここから斎場で叔母に対面するまでのことは、あまりのショックで母の記憶からはほとんど欠落しているようです。私の方も登山が趣味だった叔母と一緒に夏と冬の二度登った富士山を、まさにこうして今眺めながら接した訃報に、何かしらの運命を感じずにはいられませんでした。

 予定では新宿のホテルへ到着後、京王線で病院へ向かうことになっていたのですが。あにはからんや、行き先が斎場に変わってしまうようです(死んだら病院からはすぐに追い出されるのです)。
 とりあえずは予約してある『JR九州ホテル ブラッサム新宿』へ。「九州の魅力を世界に発信する」がコンセプトなのだそうです。クラスとしてはビジネスホテルとシティホテルの中間くらいですね。新宿駅南口から徒歩3分という好立地もあってか、私一人ではまず泊まらないお値段です。京王線に乗るのに便利な新宿南口近くにあるので選んだのですが、幸いなのかどうかはともかくとして、その後の叔父からの連絡では斎場も京王線沿いにあるとのことです。


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▲(2枚)JR九州ホテル ブラッサム新宿 外観


 ツインルームの様子です。窓際に大きなテーブルがあり、この日の夜にテイクアウトのお惣菜で夕食にした際に大いに役立ちました。


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 テレビは42インチタイプ。テーブルの方向へ向けることもできます。ベッドの上が散らかっているので一部画像処理(笑)。


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 バスルームは洗面所とは独立しており、洗い場もあります。


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 部屋からの眺望です。14階なので見晴らし自体はよいのですが、そうはいってもゴチャゴチャした新宿なのであまり嬉しくはなかったり。昔小田急沿線に住んでいたことがあるので、懐かしいといえば懐かしいですけどね。


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 とりあえずホテル近くの地下街「京王モール」で昼食を済ませ、部屋に戻ってコーヒーとケーキで気を静めつつ叔父からの連絡を待ちます。1時間ほどして上述の斎場の場所を教えてもらったので、新線新宿駅から新宿駅3番ホームへ抜ける通路を経由して準特急に乗車。京王線に乗るのは久しぶりなので、調布付近が地下化されたり、つい先日のダイヤ改正で準特急が復活して笹塚・千歳烏山に停まるようになったり、区間急行も仙川に停まるようになったりと、以前とはガラリと様子が変わっていました。それにしても京王線のダイヤのカオスっぷりは相変わらずで、種別は多いわ運転系統は複雑だわ、しかも新宿駅が二ヶ所に分かれるわで、これは母には難易度高いですね……。

 某駅から歩いてすぐの斎場にて、叔母と無言の対面。膵がん(膵臓がん)で最後はモルヒネも投与していたそうですが、痩せこけたような様子ではなく最後に会ったときのままの穏やかな表情だったのがせめてもの救いでした。最善は尽くして後悔のしようはないとは言え、母の胸にはそれでもあと少し早く病院へ辿りついていれば――という思いが去来していることでしょう。まあ、私とは顔を合わせては憎まれ口を叩きあうような腐れ縁だったので、「旅立ち」を見送るにしてもしんみりとした空気はちょっと違う感じがして。私はもう通夜にも葬儀にも出ないので、心の中で「じゃーな!」と声を掛けておしまい、というアッサリとしたものでした。悲しいという感情はひとつも無かったですね。きっと愛犬が死んだときの方が号泣するかも(笑)。

 今後の段取りについて簡単に打ち合わせをし、斎場を離れて京王線で新宿に帰ります。悲しくはないといっても、自分のことを幼い頃から知っている人がまた一人居なくなってしまった、という喪失感はもちろんあるもので。二人とも「もうやめて… 私達のMPはゼロよ…」とばかりに精神的ダメージでズタボロになり、最早外食をする気力も残っていないので、小田急百貨店の地下で惣菜を仕入れて部屋で夕食を済ませることにしました。これが侘しいどころか結構充実した食事になり、これまたルミネ地下の成城石井で仕入れたカクテルでホッと一息つき、なかなかいい気分転換になったと思います。


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▲夕食メニュー。1. 深川めし穴子弁当、2. ローストビーフ、3. キノコのアヒージョ、4. サーモンとマカロニのサラダ、5. 沖縄アンダンスーのおにぎり


 ちなみに部屋からの夜景はこんな様子。テーブルが窓際にあるので、ちょっとした展望レストランですね。街の灯りが目にしみるぜ……。


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――といった具合に、いつになく湿っぽい内容になってしまいましたが。次回からはいつものように能天気な旅行記へ戻ります。

(2015.10.03)


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