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2015.10.26

15/10/05 (7)昭和の町で…《イブニング編》

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▲会津若松駅 駅舎


 駅からホテルのある中心街までは徒歩では20分くらい掛かる距離なので、路線バスに乗って向かうことにします。



 ひとまず「神明通り(しんめいどおり)」という下車バス停名は覚えて来ているのですが、大都市や県都レベルの都市ならばともかく、こういった地方都市の路線バスは旅行者がスムーズに利用できるような案内が整備されているとは言い難いわけで、予想通りというか予想以上に苦戦してしまいました。というのもバスターミナルにはバスそのものはちょくちょく入ってくるのですが、時刻表は掲示してあっても路線図はないのでルートがさっぱり分かりませんし、運転手に直接尋ねてみても目的地は通るもののえらく遠回りだったり、返答が100%Pureな会津弁で単語の意味がひとつも理解できなかったりと…(同じ日本語なのに!)。辺りが暗くなって空気も冷え込んできたこともあって、正直心細さでちょっと泣きそうに(苦笑)。結局4台目のバスが神明通りへ直行すると判明したので、ようやくホッと座席に身を委ねました。この時点で駅到着から15分が経過。神明通りは会津若松の中心街なのですが、駅とを結ぶバスはもっとバンバン走っているのと思いきや、実は時刻表なしで乗れるレベルの本数は無いということが後ほど明らかになるのでした。

 ひとたびバスに乗ってしまえば10分も掛からず、神明通りバス停に到着(運賃は170円)。このバス、出入口が前側一箇所にしかないという沖縄の730車を髣髴とさせる古風なタイプの車両だったのですが、降り立った中心街もここは昭和時代かと錯覚してしまうほどの垢抜けなさにビックリ。


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 そしてこちらが宿泊先の『會津つるやホテル』なのですが、ここの印象もまた強烈で……。


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 一泊二食付きで5,700円(税サ込)というユースホステル並みの宿泊料だったのですが、当然施設の古さに見合った値段なのだろうと思っていたら、それを更に上回るほどの歴史的建造物(婉曲表現)でした。廊下を人が歩く度に震度1の地震が起きる! 3・11以降未だに大小の地震が頻発している福島なので、滞在中に一度くらいは地震に遭遇してもおかしくなかったのですが、まさかこんな形で“揺れ”を体験することになるとは。部屋自体も年季の入った調度品、隣室の音が丸聴こえの薄い壁、そして分煙がされていないが故のプンと漂うタバコ臭と、またしても「昭和だ……」と独りごちることに。とはいえ現代らしく有線LANによるインターネット接続が可能な部屋もありますし(私もこの部屋に宿泊)、スタッフはみな親切だったので、総合的な印象は悪くなかったです。


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 もう日は落ちてしまいましたがまだ6時前なので、夕食まで少しホテル周辺を散策してみることにします。

 ホテルの前を南北に走る通りには「野口英世青春通り」という愛称がついています。野口英世は現在の福島県猪苗代町出身で、地元の高等小学校を卒業してから医師免許を取得するために上京するまでの約3年半の間、ここ会津若松で書生として医学の基礎を学んでいたとのことです。


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 通り沿いにある「野口英世青春広場」。ちなみにこの広場の前にも市内の観光スポットを周遊するバスの停留所が設けられており、駅からバスに乗って来る場合、タイミングによっては神明通りバス停下車よりもこちらで下車する方が早いです。


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 広場最奥にある野口英世の立像。ちょうどこの日に日本人化学者の大村智氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことが発表されましたが、風土病の撲滅に貢献したことから「平成の野口英世」とも言われているようですね。いまや千円札に肖像画が描かれるようになった偉人ではありますが、その功績はともかく、個人的には放蕩癖で有名だった人物をお札に描くというのはさすがにマズいのではないかと……。


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 野口英世青春通りを北上していくと、通り沿いには次々と文化財級の古い建造物が現れます。会津若松の町へ着いてからというもの、知らないうちに平成27年から昭和40~50年代あたりにタイムリープしてしまったようで。ま、かくいう私も昭和57年生まれなのでその時代を実体験したわけではなく、あくまでイメージだけで適当なコトをぶっこいているだけですが。


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 野口英世青春通りを踏破すると、東西に走る七日町通りにぶつかります。こちらも会津若松の観光エリアのひとつとなっており、明朝改めて西端まで歩いてみることにしますが、今日のところは少し歩いただけで引き返すことに。


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 明日会津若松駅へ戻るためのバスの時刻表を直接バス停までチェックしに行き、ホテルに帰還したらそのまま食堂へ赴いて夕食に。この食堂にしても何処かの社員寮の食堂かと思うような飾り気のなさにまたしても衝撃が走ります。先客の方々はみな旅行客ではなくブルーカラーの出張者で、今回の滞在中の雰囲気は完全にビジネス旅館。それでもテキパキとした給仕さんは目が合うたびにあれこれ世話を焼いて下さるなど、こちらもまた古き良き昭和の追体験となりました。


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 取り立てて郷土色はない定食ながらも、福島のおいしいお米にお猪口一杯だけ地酒も嗜むなど、会津らしさを抜かりなく味覚でも堪能。風呂上りには神明通り沿いのスーパーで買っておいたデザートと、新宿のホテルで飲み残したカクテルで一人晩酌です。


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 明日の朝は早起きなので早目にベッドへ入ろうとしたら、叔母の通夜を終えてホテルに落ち着いた母から電話。急遽確保した調布のホテルに滞在しているのですが、とにかく古い建物でまるで場末のラブホテルみたいだと愚痴をこぼしており、私も負けじと、とんでもねぇ、こちとら歩いただけで建物が揺れるんだべと、下方方向でのプレゼン合戦に(笑)。どちらにしろ、お互い前日までの宿泊先との落差にショックを受けているのには違いないということで。明日は母は悲しいお葬式、私は引き続き楽しい旅が続きます。

今日の歩数カウント:8,979歩

(2015.10.05)


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