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2016.10.19

16/09/09 (2)豪雨をついて

 ラビスタ阿寒川を出発。カーナビの行き先には網走市内にある『オホーツク流氷館』を入力しておきました。距離は100キロもなく、所要時間も2時間をはるかに下回る程度。ドライバーにとっては助かるところです。



 まずは国道240・241号線(両路線の重複区間)をしばらく足寄方面へと戻っていきます。それにつけても…… この道東の寒さ。一応北国育ちなので寒いだけならばどうということはないのですが、トイレが極端に近くなってしまうのが困ったものです。車内でガンガン暖房を焚いたところで体の芯が冷えてしまっているのであまり効果はないですし、もしこれが列車ならばいつでも好きなタイミングでトイレへ行けるものの、車の場合は沿道のトイレを探して停めるしかありません。今回もホテルを出てたった10分のアイヌコタンの公衆トイレで最初の「ピットストップ」。この後も数十分おきにトイレを発見しては停車…の繰り返しだったのでした。

 そしてこの大雨。轍に溜まった雨水にハンドルを取られてまるで海上で小型船を操縦しているような感覚になるなど、なかなかスリリングかつ愉快なドライビングだったのでした。


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 足寄方面へ向かう国道241号線を分け、国道240号線の単独区間へ。まもなく釧北峠(せんぽくとうげ)を越えて釧路市から津別町(つべつちょう)へと入ります。津別町はオホーツク総合振興局(旧網走支庁)管内、そして釧路市と足寄町はそれぞれ釧路総合振興局(旧釧路支庁)と十勝総合振興局(旧十勝支庁)管内ということで、阿寒湖の西方でこれらの“三国”が接しているというわけです。しかし、津別町なんて初めて聞いたな…。1985(昭和60)年までは美幌より阿寒湖からもそう遠くない津別町の相生地区まで「相生線」という国鉄路線が通じていたのですが、鉄道の路線図で全国の地名を覚えた私にとっては、物心ついた時点で最早この世界に存在しないも同然の場所だったのでした。平成生まれの世代だと、道内では深名線やふるさと銀河線の沿線が同じような運命を辿ることになるのでしょう。


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▲(2枚)津別町本岐地区付近にて


 雨に煙る車窓を眺めつつ、山あいを美幌へ向けてひたすら北上。津別町は林業が盛んらしく、車からも貯木場が見えました。


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 阿寒湖畔から1時間も走れば美幌町、言い換えれば私の頭のデータベースにも登録済みの地域へ。オホーツク地域の大動脈である国道39号線に入り、平地に広がる田園地帯の中を進んでいきます。


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 女満別の中心部にある『道の駅 メルヘンの丘めまんべつ』にて最後のピットストップ。女満別町は2006年に東藻琴村と合併し、「大空町」というキラキラネームっぽさが香る町名となっていました。ここのアンテナショップで旧東藻琴村の老舗の菓子店だという「すがの菓子司」の生どら焼きを購入(下の写真)。地元産の小豆と生クリームを使った、しっとりとした味わいが魅力の逸品でした。


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 もう少しだけ国道を北上。呼人の手前で道道へ入り、山を登っていくと目的地のオホーツク流氷館はまもなくです。

(2016.09.09)


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