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2016.11.10

16/09/11 (5)狩勝峠へ、そして再び“被災地なう”

 午後1時半、新得の町を出発。国道38号線に再合流し、新内(にいない)地区ヘ向けて直線道路を北上していきます。往年のレールファンにとっては、嘗て「日本三大車窓」の一つに数えられた狩勝峠へのアプローチ区間としても知られるところ。残りの二つについては現存しているのですが、ここは1966(昭和41)年9月に現行の新線に切り替えられて廃線となった区間です。実は今月の30日で廃線から50周年という節目の年なんですねぇ。




 新内からはいよいよ山越えのスタート。国道38号線と旧根室本線の道筋は多くの区間で並走しており、Google Earthあたりで衛星写真を閲覧すると、旧線のハイライトだった通称「大築堤」を筆頭にほとんどの区間で線路跡が明瞭に視認できます。現在は遊歩道として整備されており、実際に歩いて当時の車窓を追体験することも可能。

 つい4時間前に通行を再開したばかりとあって、交通量は極めて少なく快走に次ぐ快走です。鉄道の旧線時代は曲がりなりにも蒸気機関車牽引の列車が粘着運転で越えていた峠なので、ルート上の勾配やカーブは比較的緩やかな方。我々の車も平地とほぼ変わらないペースでもって走り抜けたのでした。


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 やがて道路の一部が崩落していた箇所に差し掛かります。谷側の車線(新得→南富良野方向)が使えなくなっていたため、盛り土で埋めたうえで山側に車線を新設。上下それぞれ一車線ぶん山側にスライドさせて、片側一車線でのスムーズな通行が出来るようになっていました。こうして短文で纏めるとさも簡単に作業が終わったかのようにも受け取られるのですが、たったの12日でもって完全復旧に近い状態で通行を再開したというのはやはり驚異的です。

 新内から10分ほどで約400mの高低差をクリアし、標高644mの狩勝峠に到着。頂上には営業しているのかどうかよく分からないドライブインがありました。


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 お待ちかねの狩勝峠からのパノラマです。鉄道の旧線はこの展望台の直下100mのところを1kmほどのトンネルで通過しているので厳密には同じ風景というわけではないのですが、それでも列車の車窓からこれだけの景色が眺められる区間というのも国鉄全線2万キロのうちでほんの一糸一毫程度だったのでしょう。工事関係者各位の尽力に深謝しつつ、ありがたく景色を拝ませていただいたのでした。


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 峠を越えると南富良野町。日高越えは狩勝峠にしろ日勝峠にしろ東側のほうが険しいため、南富良野町側は直線が続いてまるで山越えという感じがしません。

 やがて新狩勝トンネルを抜けてきた現行の根室本線の線路と合流し、落合地区へ。旅行当時から当記事執筆までの僅か2ヶ月のあいだにJR北海道から富良野~新得間の廃止の意向が表明されましたが、恐らく沿線自治体との協議も一切波風が立つことなく進み、トントン拍子で廃止が確定することになるのでしょう。これとて今後の数十年で北海道のみならず全国各地で吹き荒れることになるであろう大粛清の嵐の前触れに過ぎないという見方も、決して悲観的な予測ではないはずです。

 風前の灯の鉄路とぴったり並走しながら、南富良野町の中心地である幾寅地区へ向かいます。私は運転のために前を向いていたのでチラチラとしか見ていないのですが、線路の向こう側を並行する空知川の岸にはこんな大きな物体が流れてくるものなのか…と愕然とするような巨大な流木の塊が延々と続いており、大洪水の爪痕未だに生々しき、といった惨状を晒していたのでした。

 幾寅の町へ。つい2週間前までならば映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケ地の町、という一言だけで説明がついたごく普通の田舎町だったのですが、この日は今までメディアを通してでしか見ることがなかった被災直後の様子が生の光景として眼前に広がっています。幾寅の市街地は広範囲に渡って冠水し、国道上に残された土砂も完全に撤去されるまでには至っていません。ライフラインはとりあえず機能しており既にボランティアスタッフの受け入れも始まっていた模様ですが、地方の過疎化が進んで山林に人の手が入らなくなれば山の地力が落ちて保水能力も低下し、いきおいこういった洪水の被害が一層大規模化するのだろうな、と、鉄道だけでなく地域そのものの未来にも悲観的になるというものです。

 幾寅から先はかなやま湖方面へ向かう根室本線としばらく別れ、北寄りのルートを走ります。ほどなく樹海峠を越えて南富良野町から富良野市へ。時刻は午後2時半、早朝から始まったドライブも8時間を突破し、いよいよ睡魔に抗うのに精一杯で運転に集中できない状態。このままでは行き先が富良野ではなく黄泉の國になりそうな感じなので、山部地区手前にあったトイレつきのパーキングエリアにて20分ほど仮眠を取ることにしたのでした。

 十数分目を瞑っていただけでしたが効果の方は覿面で、すっきりとした気分でドライブの再開。釧路からはるばる目指した富良野盆地はもうすぐそこです。

(2016.09.11)


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