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2019.08.29

あいちトリエンナーレ2019 Part3【愛知芸術文化センターII】

 件の展示“跡地”のある8Fです。



 今村洋平さんによる「tsurugi」「peak」という作品。シルクスクリーン印刷で約1万回刷り重ねるという途方もない手間を経て制作された立体作品で、その制作風景も映像でつぶさに追うことができます。3Dプリンターで印刷してしまえばあっという間に出来上がりそうではあるのですが、そこはわざと煩雑な工程を踏んでアドリブによる化学変化を、失敗をも含めて期待するという意図があるようです。


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 お次は映像作品の「日常演習」(袁廣鳴)。台湾の特定の地域にて毎年一度実施される防空演習のさなか、白昼の台北の街から30分間いっさいの人影が消えてしまう光景を上空からドローンで撮影した映像です。バックグラウンドには、爆撃機の飛来を思わせるような重低音。この演習は1978年から始まったもので、今年2019年も5月末に実施されたばかりとのことです。台湾の来歴を踏まえて現地を訪れてみると、アンテナの鋭敏さがそれなりにありさえすれば平和な日常のそこかしこに潜む言い知れぬ不穏さをいやでも感じ取ることができるわけで、そういった意味では「気づき」は無かったものの、提示手法としては正攻ながらエフェクティブでありました。その隣の部屋では同じ作者による【遊園地(の模型)大爆破⇒灰燼に帰す⇒暫しのインターバルののちに逆再生で元の姿へ復原⇒また大爆破――】というループ映像が上映されていますが…… えーと、これ、笑う所? センスが高度すぎてついていけませんごめんなさい……。


 前エントリー最後で取り上げたジェームズ・ブライドル氏による映像作品、「継ぎ目のない移行」。イギリスの入国管理における入国審査⇒入管収容施設への収容⇒国外退去という流れを、収容者視点の3DCGで再現したものです。収容の理由については庇護申請であったり、あるいは不法入国・不法滞在であったりと三者三様なのでしょうが、ここここのレポート(※PDF文書)では比較的肯定的な印象で扱われており、考察には複眼的な視点が必要だなと思うなど。日本でこの作品を展示するにあたっては、英国のというテイで世界中の情報感度の高い人々には既に知れ渡っている常軌を逸するほどに非人道的な日本の入管の現状を告発する、という裏テーマがあるのでは……と、ついつい深読みしてしまいます。


 そしてココ↓。現状では部屋が閉鎖されただけで展示物自体は撤去されておらず、報道を追うに展示が再開される可能性はゼロではなかったものの、まぁ予定通りの結果ですね。見てもいない展示の感想など書きようもないので当然ではあるのですが、ここまでスイスイ進んでいた筆がピタッと止まってしまいました。「健全な世界とは、個人の意に沿わないモノ、腹立たしいモノで溢れ返っている世界のこと」という価値観が共有できないからにはこれ以上言葉を重ねる意味もありませんし、そんないけ好かない世界に対して起こせるアクションなんて、目を逸らす、不快感・嫌悪感を表明するくらいなものです。それ以上は公権力の介入であれ脅迫であれ民主的プロセスによる政治決定であれ、戦争と同義です。入口の展示中止のお知らせは表現の自由の墓標、この展示を巡る騒動の顛末そのものが一つのアートなのだ、という、手垢にまみれた修辞でお茶を濁す手もあったのですが。やはり筆が進まないのは心の針が1ミリたりとも振れなかったせい、この国を覆う相互不信の濃霧に窒息しかけていて、祖国への、人々への絶望が微動だにしないほどに堆を成しているということなのか。他方で絶望と隣人を愛することは決して矛盾しない、そしてあまねく人間に備わっているはずの真善美を信じたい、という、内なる声も振り切ることは出来ずにいて。そのいずれもが渦巻く激情であり、それらがぶつかり合い打ち消しあって、私の心は不思議と凪いでいるのです。


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 展示を引き上げた作家の声明の一例。簡にして要を得る、真心を尽くしたメッセージだと思いますが、ある種の人々にとってはこれですらさざ波一つ立てられないほどに無力なのでしょう。


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 このフロアは通し番号ベースで実に6作品が展示中止となっており、せっかく丸一日時間を割いてやって来たにも拘らず残念無念。メントールが充満した部屋に入ってみたかったものですが……(違う意味で涙)。その他の意欲作としては、途轍もない熱量を帯びる大型木版画・「進化の衰退」(パンクロック・スゥラップ)や、我々がつい陥りがちな予断や先入観による安易な断定への警鐘ともいえる「Gesture of Rally #1805」(澤田華)が特に印象に残りました。


 愛知芸術文化センターを離れる前に、B2Fへ立ち寄ることに。ここにも「2679」「Woodstock 2017」(加藤翼)という映像作品があります。互いに腕がロープで結ばれて引っ張り合うという状況に置かれた演奏者たちが、自分が音を発すれば相手のそれを阻害することになるという制約の中で演奏にならない演奏を続けるという内容。ゼロサム的世界観といいますか、その荒唐無稽さを嗤えば嗤うほどブーメランの破壊力が増しそうという、(未熟な)人間社会全般に敷衍できそうな示唆を与えてくれます。


 2時間弱を愛知芸術文化センターで過ごし、3つめの会場である四間道・円頓寺エリアへ向かうことに。両会場間にはシャトルが運行されているので、こちらを利用することにしました。案内スタッフの方によると、定員が少ないので土日祝日は事前予約を行うのが安心とのことですが、今回愛知芸術文化センター発13時00分の便に乗車したところ、乗客は私一人だけでありました。なお、所要時間は順調に行けば15分ほどです。
(12:00から18:00まで両会場を30分間隔で出発;運賃はチケット提示で無料)


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▲トリエンナーレのラッピングカー(ウェルキャブハイエースタイプ)


 次回へ続きます。


(文中、一部敬称略)


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