台湾一周の旅5日目 (12)北廻線(花蓮~蘇澳新)
<6th>自強2040 花蓮(14:46)→台北(17:25)
最終ランナーは3度目になるプッシュプルタイプの自強号。ここから台北方面へは複線電化されており、優等列車を中心に毎時2~3本の高頻度で列車が運転されている。
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<6th>自強2040 花蓮(14:46)→台北(17:25)
最終ランナーは3度目になるプッシュプルタイプの自強号。ここから台北方面へは複線電化されており、優等列車を中心に毎時2~3本の高頻度で列車が運転されている。
駅から進豊街へ向けて歩き出す。この駅も市の中心部からは距離があり、駅前には数軒のホテルが目立つのみで閑散とした印象を受ける。
花蓮市(ホワリエン)の人口は10万人余りで、西海岸および北部の諸都市には遠く及ばない規模ではあるが、台湾東部では台東と並ぶ主要都市。旅行者にとっては太魯閣渓谷観光のベースキャンプとして立ち寄る機会の多い街である。
今回は南アジアおよび中央アジアの国々です。
今回は東南アジアの国々です。原則として日本に定期便として乗り入れている航空会社のみです。
ヨーロッパ編の続きです。原則として日本に定期便として乗り入れている航空会社のみです。
ヨーロッパ編は数が多いので、2回に分けてご紹介します。原則として日本に定期便として乗り入れている航空会社のみです。
今回は中国を除く東アジアの国々です。原則として日本に定期便として乗り入れている航空会社のみです。
ふとしたことから興味が湧き、世界の航空会社各社の001便を集めてみることにしました。まずは日本の航空会社から。
玉里駅への到着と前後して隣のおじさんが引率者に弁当を配り、自分も食べ始めたので私も包みを開くことにした。やはり座席にテーブルは無く、手で持たなければならないのが不便だ。
発車後しばらくして、おじさんが私の着座している席へやって来た。窓側を譲ってもらえるようにお願いすると、「どうぞ、どうぞ」と二つ返事で快諾してくれた。団体客を引き連れていた事から推測するに、どうやらツアーコンダクターのような仕事をしているらしい。あるいは団体旅行の幹事かな?
ホームで列車の到着を待つ。構内の西側には広大なヤードがあり、その向こうには眩いばかりの緑に覆われた丘が連なっている。椰子の木も群生しており、南国ムード満点の駅である。
日本に限らず、世界中にこの手のアホはいますけどね。
次の列車の発車時刻までは30分弱。とても市内を見学する時間は無いので、改札の外へ出るに留めておく。
台東駅は市の中心部からは直線距離で約5km離れている。かつては中心部まで線路が延びており、この駅は卑南駅(プユマえき)と名乗っていたが、1992年の南廻線全通に伴い台東新駅と改称された。台東新駅~台東駅間は盲腸線となり(台東新駅から高雄方面へ約1.5kmの地点から分岐)、この区間を走行する列車も減少する。東室蘭駅と室蘭駅のような関係か。2001年に台東新駅~台東駅間は廃止となり、台東新駅は台東駅に再改称。新たな街の玄関口となり、現在は市の中心へはバスでの連絡となっている。廃止前の路線はGoogleマップに未だに掲載されているので、興味のある方はご参照願いたい。(→地図へのリンク)
東へと針路を変えた列車は山間を右へ左へ車輪をきしませつつ、徐々に高度を上げていく。振り子列車のようなスピードは望むべくも無いが、優等列車らしい風格を備えた走りぶりには違いない。
台湾の背骨・中央山脈を貫き、屏東線を経由して高雄と台東を結ぶ南廻線は、1992年に全線開通した。この路線の完成により鉄道での台湾島の一周ルートが構成され、開通当時は2007年の台湾高速鉄道開業に勝るとも劣らない程の、鉄道界でのエポックメーキングなトピックとして脚光を浴び、台湾一周を目玉に据えたツアーも多く企画されたそうだ。
屏東からは単線区間となり、頭上の架線も消える。屏東線の終点、枋寮までは日本統治時代に開通した区間。屏東から約10kmの竹田駅には戦前に建てられた木造駅舎が残っており、駅自体が観光地になっているらしい。残念ながら自強号と呂光号は全列車通過である。
指定された席は通路側だったが、無座の先客がいたので空いている進行方向右側の窓側席に腰掛ける。“主”が来るまでの仮の席のつもりだったが、幸運にも終点台東まで誰も現れず、心行くまで車窓を味わうことが出来た。
明けて5日目、午前6時過ぎ。高雄の空は朝からからっと晴れ上がっているが、この時間で既にスモッグが立ち込めているのが如何にも工業都市らしい。
前回惨敗を喫した、サイゼリヤのキッズメニューの間違い探し。昨年末に新作が登場したのですが、ようやくリベンジの機会が巡って来ました。今回もやはり難問で、大の大人3名が鳩首凝議でガチンコ勝負。1時間の格闘の末、とうとう自力で10個見つけ出しました。例の如く答えが書かれていなかったので、気になって夜も眠れない貴方の為に正解発表。
高雄(たかお/カオシュン)は、人口150万人を数える台湾第二の都市。世界屈指の貨物取扱高を誇る港湾都市で、周辺地域は台湾最大の工業地帯となっている。観光スポットも数多く存在するが、今回訪れるのは六合夜市のみ。またいつの日にかこのブログでもじっくりと紹介させて頂こう。
17時47分発の自強号の指定席を確保する。夕方のラッシュ時間帯なので駅舎内は人で溢れ返っているが、とりわけ学生の姿が目立つ。セーラー服の女子高生がいれば、ジャージ姿の中学生もそこらじゅうで目にし、古色蒼然としたホームは国鉄時代にタイムスリップしたかのようだ。
孔子廟のすぐ南側にある、地元では有名らしいスイーツのお店、『莉莉水果店』でマンゴーかき氷をいただく。たっぷりと乗っかったマンゴーの上から練乳がかかり、ライムが一切れ添えられている。お値段は70元(260円)。マンゴーの甘さは申し分なく、山盛りの氷が南国の太陽の下で火照った体をクールダウンしてくれ、実にたまらない逸品である。
湯徳章紀念公園は、ここから市内の主要道路が放射状に延びている台南市のヘソ。ロータリーになっており、通称は「民生緑園」。日本統治時代は大正公園と呼ばれていた。もちろん交通量は多いが、とにかくここはベトナムか?と言わんばかりのバイクの量に圧倒されてしまう。
赤崁楼から南へ程近い場所には、祀典武廟と大天后宮がある。祀典武廟は三国志の英雄、関羽を祀った廟で、台湾各地にある関帝廟の総本山だそう。大天后宮は媽祖を祀った廟で、台湾初の官設の媽祖廟。どちらも多くの参拝客で賑わっているが、厚い信仰の場に物見遊山の観光客が気安く入り込むのは憚られるので、入り口付近から眺める程度に留めておいた。
赤崁楼(ツーカンロウ)の入場料は50元(185円)。敷地内部は緑豊かな公園になっており、外の喧騒とは別世界のようである。
《赤崁楼の入場券》
赤崁楼は1653年にオランダによって築城された要塞で、当時はプロビンシア城(Provintia)と呼ばれていた。オランダ人の撤退後、鄭成功の時代に入ると「承天府」と改称され、ここには行政府が置かれるようになる。清王朝の時代に入ると度重なる災禍に遭って廃墟となり、創建当時の建造物は殆ど残っていないが、19世紀以降、順次建築物の復元が行われ、現在は中華民国行政院により国家一級古跡に指定されている。淡水の紅毛城と似たような経歴を辿って来ており、実際に現地では紅毛城とも呼ばれているそうだ。ちなみに「赤崁」は台南の旧称である。
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