香港2008 (4-4)香港のベニス? 大澳(タイオー)・その1
船内で写真を撮ってあげた女子大生のグループが元気にはしゃぐ様子を横目に、こちらは気分が優れないまま村の中心部へ向けて歩き出す。下の写真はフェリー乗り場のすぐそばで撮った干潟の風景で、どこか近江八幡を思わせる。
バスターミナルを通り過ぎ、大澳永安街(Tai O Wing On Street)という商店街へ。乾物や干物の匂いが充満しており、ちょっと苦手な系統の香りなのでやや足早気味に通り過ぎる。途中で水路を渡って街の北側へ出る道が分岐しているが、とりあえずそのまま直進して街の東の端まで行ってしまうことにした。
《大澳永安街にて》
海産物エリアを抜けると昔ながらの純ローカルな商店街の中へ。日本の田舎でもよく見かけるような古めかしい雑貨店なんかが通り沿いに並んでおり、はるばる遠くへ来たなぁという旅情を誘ってくれる。街歩き愛好家冥利に尽きる素敵な街並みに、船酔いもみるみるうちに回復!である。
そのまま大澳太平街(Tai O Tai Ping Street)へ続き、そこかしこから生活音が聞こえてくる路地を抜けていくと・・・
早くも家並みは途切れ、この街を特徴付ける「棚家」と呼ばれる水上家屋を水路越しに望むように。昨日訪れた香港仔のように、香港のあらゆる場所へ開発の波は続々と押し寄せているが、ここは交通の不便さが逆に幸いして香港の原風景を色濃く残した稀少な街だそうだ。
このように鄙びた風景ではあるが、上の写真の視点を右に振ると・・・ 突如として場違いに出現するコンクリートの塊。なにもこんな小さな村で住宅を多層化する必要は無いんじゃないかと思うが、そういえば韓国でも、どう見たって土地が有り余ってそうな田舎でさえ高層住宅がポコポコ建っていたりしたもので、この国特有の事情でも存在するのかもしれない。
街外れの湿地帯。ん?植わってるのは・・・ これはマングローブ? 確かに亜熱帯に属するとはいえ、このような都市化された場所でも見られるというのは意外ではある。
市街地の端っこで橋を渡り、川の北岸へ。
《(上2枚)街外れのお寺》
街の北側には山が迫っており、香港の何処にでもある岩だらけの禿げ山。現代でこそ世界屈指の貿易都市として繁栄を謳歌しているが、この不毛の地が割譲地としてたまたま目を付けられたのが運命の転換点。歴史にifがあるとすれば、このまま中国の片田舎の漁村のひとつとして人知れずひっそりと時を重ねていたのかもしれない。
北岸の歩道を中心部方向へ戻っていくと、いよいよ水上家屋群の合間へ。とはいっても東南アジアなどで見られるそれのように水面にプカプカ浮いているわけではなく、基礎を川の中へ打ち込んで水の上に張り出して建てられている固定住宅である。
それにしてもやけに建材がピカピカで真新しいので不思議に思っていたら、帰国後に調べてみたところ2000年に火災が起こり一部の家屋が被災してしまったそうだ。そのまま撤去されても決しておかしくはないが、こうして再建して住み続ける人がいるというのは、やはり愛着ゆえなのだろうか。
途中の新基大橋という橋の上から水路を眺めると・・・
両岸にぎっしりと並ぶ家屋の構造がここからだと一目瞭然。さすがにヴェネツィアになぞらえるのは持ち上げ過ぎかもしれないが、大澳は大澳として情緒たっぷりの風景である。橋の上に暫し佇み、「来てよかったなぁ~」とまったり。
写真が多いので次エントリへ続きます。
(2008.12.24)
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