阪堺電車、部分廃止の可能性も
関西では京都の京福電鉄と並んで数少ない路面電車(京阪京津線というキワモノもありますが)として知られる阪堺電車ですが、いつの間にやらこんな話が出ているようです。
『チンチン電車消える? 赤字深刻の堺市内「廃線も視野」 阪堺電気軌道』■新市長は「LRT事業中止」
大阪唯一の路面電車として知られる阪堺電気軌道(大阪市)が、阪堺線(大阪~堺市)の堺市内区間(7・9キロ)について、廃線も視野に検討していることが10日、分かった。堺市が計画していた次世代型路面電車(LRT)との一体的な整備・運営事業に対し、9月の市長選で初当選した竹山修身新市長が中止を明言し、赤字路線だけが残される可能性があるからだ。現状では平成22~23年度にも同社に経営破綻(はたん)の危機が迫るといい、同社は「しっかりした支援がないと、廃線を決断せざるをえない」と頭を抱えている。
阪堺線は明治43年に設立された旧阪堺電気軌道が起源で、大阪市浪速区の恵美須町から堺市浜寺公園町の浜寺駅前を結ぶ14・1キロ。100年近く市民の身近な「チンチン電車」として親しまれてきた。
しかし、マイカーの普及などで乗降客が減少。とくに堺市内の区間の赤字が深刻で、同社は平成15年、市に「採算性の厳しい堺市内の路線を廃止したい」と存廃協議書を提出し、市は16年に補助金などの支援を強化する方針を打ち出した。
19年には、同市中心部で計画していたLRTの整備事業(早期開業区間)で、同社と親会社の南海電気鉄道を経営予定者に決定。同社と市は阪堺線と一体的に整備する方向で協議していた。
堺市内の区間については、線路や車両など鉄道設備を市に譲渡して土地も貸与、運営は同社が担当する「公有民営」方式で基本的に合意ができつつあり、阪堺線部分も低床型のLRT化する計画もあったという。
ところが、竹山新市長はLRT事業の中止を明言。「阪堺線は残したいが、すべて公でする話ではない」と述べ、阪堺線部分の事業がどうなるかは微妙な情勢となっている。
同社全体の路面電車事業は平成20年3月期で2億1300万円の営業損失を計上。このうち堺市内区間が2億2100万円の営業損失で、大阪市内路線のわずかな黒字を吹き飛ばしている。同社の山本拓郎社長は「公有民営でなければ廃線するしかない」と危機感を募らせている。(2009年10月10日・産経新聞)
記事中にもあるように、存廃が取り沙汰されているのは堺市内の区間。大阪市内区間とは直通運転していますが、それぞれの市内のみの乗車の場合は200円均一なのに対し、市境そばの我孫子道という駅を跨ぐと290円になるという、ゾーン制のような珍しい運賃体系を取っています。ただ、直通運転しているとは言っても、並行する南海電車やJRとはスピードの面で全く太刀打ちできず、大阪有数の繁華街である天王寺に直結しているとはいえ、大阪市内~堺市内の直通需要は極めて限られたものとなっているのが現状です。
この計画されていたLRTというのは、南海高野線の堺東駅から南海本線の堺駅を経由し、先頃稼動を開始したシャープの液晶工場のある臨港地区とを結ぶ路線。何故かJR阪和線の堺市駅が豪快に無視されているのが気にかかるのですが、堺市の中心部を東西に結ぶルートとなっています。
で、このニュースを聞いた時にまず最初に湧いた疑問というのが、「堺市の街の核ってあったっけ?」というもの。堺東駅のそばに市役所とデパートがあって、堺駅にリーガロイヤルホテルが隣接している、という所までは思い浮かぶのですが、全国区とまでは申さずとも関西で名の通った繁華街というものは無かったはず。当の堺市民にしても、勤めにしろ遊びにしろ電車で10分そこそこの大阪に出てしまい、地元は単なるベッドタウンという認識が大方なのではないでしょうか。
路面電車先進国と呼ばれるフランスやドイツにしても、新規路線が初めから順風満帆にいったケースはむしろ少数派と言え、大抵は市民と行政との粘り強い話し合いの結果、実を結んだという話が殆どです。道路上に線路を新たに敷くというのは即ち車線の縮小を意味し、大都市圏とはいえやはり自動車交通が主流という現状で、果たして社会的同意が得られるかどうか。計画が具体化してくる過程で当然様々な利害の衝突が起こるのは避けられないでしょうし、概して市政への関心が薄い日本人、しかも「我が町」という愛着の薄い新市民が多数という状況で、そこまで深く踏み込んだ議論というのが期待できるのでしょうか。
そしてこれが一番重要なのですが、路面電車のような都市内公共交通機関を生かすも殺すも、その電車の走る街自体の魅力が鍵を握っているということ。ヨーロッパの成功例を挙げるまでもなく、路面電車が元気に走る街には例外なく、人が集い活気に溢れる中心市街地の姿があります。コンパクトに纏まった旧市街に生活・経済活動が集約され、それを取り巻くように新市街地が広がり、放射状路線との相性が非常に良いヨーロッパの街は別格としても、広島・松山・熊本のように市の中心軸をくまなく結んで活況を呈している路線を見れば、ヨーロッパに決して引けを取らないことが分かります。LRTを都市の装置とするならば、電車はさながら水平に動くエレベーターのようなもの。どれだけこの箱(=路面電車)が立派であっても、肝心のデパート(=街)の品揃えがイマイチでは集客を期待するだけ無駄というものです。仮に障害を乗り越えLRT計画が実現したとしても、沿線の発展には全く寄与せず、単なる通過交通で終わってしまう恐れもあります。その点で、LRTを阪堺線の起死回生の切り札として見る“楽観的“な意見には、私は少々懐疑的です。
大阪という大消費地を至近に控えているだけあり、ヨーロッパ各都市や日本の中都市と同じ処方箋を適用するには無理があると思いますが、いざ電車を残すと決めたならばまずは街の魅力を高めることに全身全霊を注いでもらいたいもの。間違いなく結果は後から付いてくるはずです。関西では僅かに残った路面電車だけに、このまま座して死を待つのみという状況には追い込んでもらいたくないものですが、願わくばいつか、「LRTここにあり」と世界から賞賛されるような都市に成長して欲しいものです。
P.S. かくいう私も9年前の試乗が最初で最後。なにせ大阪の下町を延々と走るわけで殊更車窓が秀でているわけでもなく、鉄道ファン的にも今一つ食指が伸びにくい路線であることは確かです。
【追記】こちらの記事も併せてどうぞ。
堺のチンチン電車なくなる? 新市長、LRT「中止」(asahi.com)
【追記2】2013年8月に運行を開始した『堺トラム』の乗車リポートはこちら。
阪堺電車の『堺トラム』に乗ってみました 前編・後編
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堺市の竹山市長も、以前言っていた「地下鉄四つ橋線延長」や「ニュートラム延長」が「ビッグプロジェクト」として潰したLRT以上の「超ビッグプロジェクト」だと判ったらしく最近ようやく阪堺に50億の支援を始めましたね。でも、沿線に何一つ集客施設の無い状況では遅かれ早かれ廃止問題がぶり返すのは必死でしょう。
投稿: | 2011.01.29 20:00
私も阪堺への支援のニュースを耳にした時、「あれだけ波紋を広げておいて、結局行き着く所はここかい」とちょっと呆気に取られてしまいましたね。あくまでリアリズムに徹すると、仰る通り明るい材料の全く無い現状で50億もの支援なんて、さながら回復の見込みのない重篤患者に延命治療を施すようなものですから。LRT計画の中止も確固たるビジョンの元で決断したのならば支持も得られるはずなのですが、場当たり的な施策に振り回される阪堺電車も可哀想です。
投稿: chikocrape | 2011.01.29 21:16