昨日NHKの『クローズアップ現代』で、今月の12日に126年の歴史に幕を下ろしたオリエント急行の最終日の列車に同乗したレポートが放送されていました。アガサ・クリスティの小説の舞台としても知られる、ヨーロッパを代表する豪華寝台列車と謳われた時代はとうに過ぎ去り、近年は立て続けに運行区間を短縮。最晩年はストラスブール(フランス)~ウィーン間を結ぶ大衆的な夜行列車として細々と生き長らえていたそうです。走行する国はフランス-ドイツ-オーストリアといずれもシェンゲン協定加盟国なので、「オリエント」の名は既に羊頭狗肉、それどころか実態としては国内列車も同然という有様でした。
廃止の理由としてはもちろんモータリゼーションや高速鉄道網の伸長もあるでしょうが、1990年代のEUにおける航空自由化を受けて台頭してきた格安航空会社が、さながら日本の夜行高速バスのように庶民の気軽な足として利用されるようになった…という要因も大きいでしょう。日本もヨーロッパもその退潮への道は同じというわけですね。もちろん夜行列車ならではの決して代え難い魅力があるのは確かですが、それも数ある交通機関から敢えて鉄道を選ぶという選択の自由があってこその賜物。時として数十時間も列車に揺られる事を強いられた行程を、今では高速鉄道や飛行機で数時間なのですから、多少の感傷はあれども時代の流れは確実に良い方向へ向かっていると、私はそう受け取っています。
実際の映像を見て感じたのですが、日本のブルートレインでは錆が浮き上がって表面がボコボコの、老朽化も極まった車両が使われているのに対し(九州ブルトレも消えた今、「使われていた」という表現の方が実情に合っているのかもしれませんが)、オリエント急行の方は開放式寝台主体ながらも、現代に相応しいアコモデーションレベルをしっかりと維持していたのが目に止まりました。新型客車なのか旧型をリニューアルしたのかは定かではありませんが、最終日ながらも消え去る老兵の侘しさ、という印象を抱かせなかったのは、ケール駅ホームにて笑顔で列車を送り出す人々の明るさと共に、大衆列車に“身を落とし”ながらも与えられた使命を最良の状態で全うするという、その名前を決して貶めまいというちっぽけな、しかし燦然と輝きを放つ、名門列車が最後まで守り抜いたこのプライドゆえなのかもしれません。毎回毎回阿鼻叫喚の地獄絵図となる日本の列車最終日と違い、あれだけの明るい笑顔で見送られたオリエント急行はきっと幸せでしょう。日本とヨーロッパの列車の境遇、そして鉄道趣味人の品位の落差を痛感させられる一場面でした。
番組の最後で玉村豊男氏も言及していましたが、トルコのEU加盟が実現すれば、全盛期の運行区間であるパリ~イスタンブールの全区間をパスポートコントロールなしで行き来できる可能性がぐっと現実味を帯びてきます。定期列車の運行はその日を待たずして無くなってしまいましたが、もしそんな時代が到来すれば、2世紀越しにいよいよヨーロッパを一本の列車でつなぐ夢が最も理想的な形で実現することになります。二度の世界大戦や冷戦をも乗り越えてヨーロッパの近現代史を見つめてきたオリエント急行のことですから、いつかきっと、そんな姿の列車として帰ってくる日が必ずやって来ると確信しています。その日が来た暁には、私も必ず“初乗車”をしに行くつもりです。
So Long, Orient Express!!
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