阪堺電車の『堺トラム』に乗ってみました(後編)
堺トラムで天王寺駅前を出発します。昼間は6分間隔で運行されている区間ですが、日曜日の正午過ぎというまだ早い時間に郊外方面へ向かう電車ながら、意外にも立ち客多数の盛況。3連接車両の収容力を遺憾なく発揮しています。
この辺りは2011年の『あべのキューズタウン』と今年の『あべのハルカス』開業、他にも複合ビルや高層マンションが相次いで建設されており、今回の再開発で劇的に変化を遂げつつあるエリア。そんな現代的な都市景観の中を、モダンな新型LRVで走り抜けていきます。大阪市電は1969(昭和44)年に全廃されてしまい、のちに阪神国道線や南海平野線も姿を消し、以降はこの阪堺電車が大阪市内を走る唯一の路面電車。世界規模で路面電車の有用性が再評価されている今、いつか御堂筋をこんなキレイな電車の車窓から眺められる日がやって来れば……と、ついつい夢想してしまいます(でも、あんな市長が選ばれるような街ですからねぇ)。天王寺駅前~阿倍野間の軌道敷は、あべの筋の拡幅工事完成時に芝生による緑化が実施される予定です。
気になる乗り心地ですが、数百メートル毎に停留所のある路線であまりスピードが出ないということもあり、保線状態は良好とは言えないながらもなかなかシルキーな走りぶり。レールの継ぎ目を渡る際のショックもさほど気になりませんでした。連接車両ということで、最後部のモジュールから前方を眺めていると、微妙に左右にうねっている様子が分かります。
都心らしい風景は早くも次停留所の阿倍野付近で終わり、その次の松虫手前であべの筋から逸れて専用軌道に。ギッシリと住宅が建て込む大阪の下町を貫いて南へ進んでいきます。従来型車両はロングシートなので、こうしてクロスシートで大きな窓を通して眺める車窓は、以前とは一味も二味も違って見えます。
4駅目の北畠手前では再び併用軌道に戻り、高級住宅街として名高い帝塚山(てづかやま)エリアを通過していきます。停留所が3~400m間隔で細かく設置されているので、日中毎時10本の高頻度運転と相まって、まさに「ゲタ電」感覚。並行路線の南海本線・高野線よりもずっと身近に感じられるのかもしれません。
ちなみに堺トラムの運転区間では浜寺駅前を除いて常に進行方向左側の扉で客扱いを行いますが、途中の停留所のホームは従来型車両1両分の長さしかないため、多くの停留所で車両後方がホームからかなりはみ出てしまいます。乗車扉は中央モジュール、降車扉は先頭モジュールにあるため、扉のない最後部のモジュールは比較的混雑度が低い傾向にあります。
帝塚山四丁目からの専用軌道で南海高野線の線路をオーバーパスし、住吉停留所を出ると三たび併用軌道に。恵美須町を起点とする阪堺線に合流します。上町線の最後の一駅となる住吉~住吉公園間は、以前は我孫子道発着の系統と交互に日中12分間隔で電車が運転されていたのですが、今年3月からなんと7・8時台にしか電車が走らなくなりました。住吉公園停留所から東へ70mの位置に住吉鳥居前停留所があるため実用上の問題はないのですが、日中の本数が5分の3に削減された恵美須町~住吉間も含め、かつての完全12分ヘッドのシンプルなダイヤが懐かしくもあります。天王寺駅前発車時点では車内はやや混雑していましたが、停車する度にコンスタントに下車があり、ここ住吉に到着する頃にはすっかり解消していました。
住吉鳥居前の先はまた専用軌道。恵美須町発着の系統が合わさって最頻度運行となる区間を走り、大阪市内区間の終点となる我孫子道(あびこみち)停留所に到着。恵美須町方面から堺市内区間への乗車の場合は、この停留所で電車を乗り継ぐことになります。現金で運賃を支払う場合はお馴染みの「乗換券」を発行してもらうことになりますが、4月から対応開始となったICカードの場合はそのまま乗車/下車時にカードをタッチすればOK。乗り継ぎ先の電車では運賃は引かれません。
ここから先は12分間隔。発車してすぐに左手に見える大和川検車区(我孫子道車庫)では、堺トラムの第二編成である「紫おん(しおん)」が休んでいました。通常は1編成が運用に就いてもう1編成が予備車という扱いになっているようですが、まもなく第三編成が投入される予定なので(【08/11追記】第三編成の愛称は「青らん(せいらん)」に決定しました)、その折には2編成運用+1編成予備、日によっては3編成フル稼働ということもありそう。堺トラムへの乗車チャンスも飛躍的に増加することでしょう。
以前は290円を払わなければ渡れなかった大和川をクロスし、堺市に入ります。
綾ノ町(あやのちょう)からは堺の中心市街地のど真ん中を南北に(方角としては北東から南西へ)真っ直ぐ走る幅50mの大通り、「大道筋(だいどうすじ)」の中央を進んでいきます。いわゆるセンターリザベーションとなっているのですが、なにぶん存続か廃止かで揺れている区間なわけで、設備のポテンシャルを十分に活用できていないのが隔靴掻痒といったところ。右折車が電車の接近に気付かずに直前で進路を塞ぐことが度々起こるので、運転士は青信号でも決して気は抜けません。
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この辺りで座席が7~8割埋まる程度の乗車率になったので(収容力を発揮するのが専ら乗り入れ先の大阪市内だというのが皮肉なものです)、そろそろ車内の撮影を敢行することにしましょう。
インテリアは木材をはじめとして、和風を演出する素材でまとめられています。水戸岡鋭治氏が手掛けた岡山電気軌道の『MOMO』ほどのとんがったデザインではありませんが、機能性を両立した万人に受け入れられる上質なデザインだと感じました。車両の建造はアルナ車両が担当しています。
先頭と最後部のモジュールにはクロスシートが左右に並んでいます。下の写真は2人掛けのボックスシート。モケットの柄は堺に伝わる木綿の伝統染織、『堺更紗(さかいさらさ)』をモチーフにしています。
車内の照明は電球色のダウンライト。夜にはいいムードになりそうです。広告スペースでは堺の伝統産業(特に刃物が有名です)や観光名所が紹介されています。
ロールアップ式の日除けはすだれになっています。
中央モジュールの座席はロングシートです。こちらのモケットの柄も堺更紗がモチーフ。連結部の前後の床には緩やかな傾斜がついています。
中央モジュールの入口(乗車口)付近。室内の化粧板は和紙柄、ドア部分の化粧板は木目柄となっています。
ICカードはカードリーダーにタッチして乗車します。
先頭/最後部モジュールの出口(降車口)付近。英語の次停車駅案内が液晶モニターと自動放送の両方で実施されています。
チラシやパンフレットの配布に使われるであろうラックが設置されていましたが、この日は使用されていませんでした。
ICカードリーダーつきの料金箱。左側には阪堺電車独自のシステムである「乗換券」の発券機が。
前面展望は前の席の人の頭越しになります。
超低床式LRVには国内外で何度か乗車経験がありますが、少し前の車両のように車内に不自然な出っ張りがあるわけではなく巧みに処理されているのは、LRVの設計技術が成熟した証でしょうね。
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大道筋の終端となる御陵前(ごりょうまえ)から浜寺駅前までの最終区間は専用軌道。綾ノ町~御陵前間と同様に一直線に線路が延びています。駅間距離が1kmを超える東湊~石津間ではかなりのスピードを出すのですが、なにぶん保線状態があまり良くないので、激しいヨーイング(蛇行動)が発生していました。
南海本線をオーバーパスして右手に浜寺公園の松林を望めば、ほどなく終点の浜寺駅前に到着。所要時間は47分・表定速度は17.7km/hと、南海本線の新今宮~浜寺公園間(*注)の3倍近くの時間が掛かりますが、クロスシートでじっくりと車窓を眺めながらだと思ったよりも短く感じられました。
*注:天王寺駅前停留所とほぼ同緯度に位置する新今宮駅で比較。所要時間は堺で特急・急行と普通車を乗り継ぐ場合。
浜寺駅前到着後に、改めて電車の外観を撮影。側面上部は現在営業中の「茶ちゃ」「紫おん」、そして近々ロールアウトする第三編成のそれぞれに異なるカラーリングが施されています。
堺市内区間の存廃の危機が表面化した2009年には私もこの件についてコメントを行いましたが(→当時のBlog記事)、その後、堺市による10年間で50億円という巨額の支援表明で差し当たってのピンチは脱したものの、長期的な存続の可否については依然予断を許さない状況となっています。堺トラムの投入が起死回生の一策となるかどうかについては、率直なところかなり厳しい、と評さざるを得ませんが(この件を掘り下げていくとまた新しい記事が一本書けてしまうので、今回は省略)、この車両が古き良きチンチン電車の楽園である阪堺電気軌道の新たなイメージリーダーとなることだけは間違いないでしょう。
次回は浜寺公園ぶらりお散歩編です。
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帰りもまた堺トラムに乗車しました。その際、浜寺駅前から天王寺駅前まで全区間の側面展望をビデオ撮影したので、ご興味があればどうぞ。
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コメント
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阪堺線の堺トラムは札幌市電ポラリスことA1200系や富山地方鉄道のサントラムことT1000系と姉妹車両なんですよね❗。
投稿: わたる | 2015.12.11 23:28
わたる さん
挙げられた形式はいずれもリトルダンサーですので、塗色やインテリアはおのおの個性的でも、車体構造はみな共通ですね。
投稿: chikocrape | 2015.12.12 16:40