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2019.11.16

19/10/31 (4)岩瀬エリアをぶらつく

 富山市北端の日本海(富山湾)沿いに位置する岩瀬は北国街道の宿場町として、幕末から明治期にかけては北前船の寄港地として繁栄した町です。明治初期に建てられた廻船問屋群のある大町新川町通り(旧北国街道)の南端(下の写真)までは、東岩瀬駅から歩いて4~5分。


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 通りは綺麗に整備されており、電線地中化はもちろんのこと、銀行のような普通の建物のファサードまでもが町屋風にしつらえられてすっかり街並みに溶け込んでいるのには大いに感銘を受けました。ここまで完璧ならば欲を言えばクルマに煩わされずに散策を楽しめるよう、一般車両の乗り入れを規制してほしいものですが…。


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 通りのほぼ中間地点に森家という、一般公開されている豪商の町屋(国指定重要文化財)があります。廻船問屋は他の地方でも見学してきましたし、今日は夕方までスケジュールがみっちり詰まっているので場合によっては省略してもよかったのですが、入館料が100円と安かったのでサラッと見て回ることにしました。


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 オフィス兼家屋の館内。スタッフに依頼すればガイドツアーも実施してもらえます。現在は富山港の造成により埋め立てられていますが、かつては敷地のすぐ裏手が神通川の河岸となっており、ここに北前船が停泊していたとのこと。室内の一角に常備薬が備えられている(下2枚目の写真、棚の上)のに富山らしさを感じます。


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 館内中央の座敷です。下4・5枚目、床の間に飾られているのは棟方志功作の掛け軸。戦後、この町屋が近くに建設された倉敷レイヨン(現在のクラレ)の工場の宿舎として使われた際、社長の大原總一郎(大原美術館を設立した大原孫三郎の長男)が知己であった棟方に直々に依頼して制作してもらったものなのだそうです。交渉の席ではニーチェの詩を原語のドイツ語で朗々と語ったのだとか。さすがに昔の実業家は今と違ってハイブラウやな。


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 その奥の2棟の土蔵と中庭の様子。


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 森家のはす向かいにある岩瀬大町公園。岩瀬エリアは大正期に全国でもいち早くコンクリートやガス灯が導入された地域で、北前船のオブジェに隣接してガス灯が立てられています。


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 時間に余裕があれば沿道のお洒落なショップをハシゴして回るのが楽しいですが、単に通りを歩くだけでも写真映えする街並みです。市中心部からも気軽に足を運べますし、ライトレール開通の効果は絶大ですね。


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 あと20~30分程度時間を割くことができるので、富山港に面した「富山港展望台」にも立ち寄ることに。エリア南西に琴平神社という岩瀬港の守護神として信仰を集めてきた神社があり、こちらの建物はその境内に立っている高さ6mの常夜燈(北前船全盛の当時は岩瀬港の燈台としての役割も担っていたとか)をモデルにした形となっています。見学は無料ですが1986(昭和61)年完成という少し古い施設なので、エレベーターはなく高さ約20mの展望台までは階段で上がることになります。


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 展望台から眺める富山港です(縦の黒い筋はガラスに入ったワイヤ)。高岡市の伏木港・射水市の富山新港とともに伏木富山港を構成しており、日本海側ではここと新潟港の2つしかない「国際拠点港湾」に認められているんだ。すごいでしょ! ……と、展望台に設置してあった児童向けの解説パネルに書いてありました。


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 反対側は先ほど歩いてきた大町新川町通りの街並み。晴天で尚且つ空気が澄んでいれば遠方に立山連峰が望めるそうなのですが、今日は晴れてはいるものの残念ながらからっきし、なのでした。


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 地上に戻り、岩瀬浜駅へ向かいます。大町新川町通りの北端からだと所要時間は10分ほど。こちらの道沿いにも明治時代から続くという老舗の料亭があったりします。


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 やがてこちらの岩瀬運河のほとりへ。後述する富岩運河の支線格で、美しい親水プロムナードとして整備されています。


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 この運河に架かる岩瀬橋を渡ったところにあるのが、このエリアの観光拠点の一つである「岩瀬カナル会館」。プレジャーボートの係留施設のほか、館内には特産品の販売コーナーやシーフードレストラン、休憩スペース、レンタサイクルのステーションなどが設置されています。


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 上2枚目の写真を撮影した直後に、奥の橋を富山ライトレールの車両が富山駅方面へと渡っていくのが見えました。JR時代ならば昼間は1時間に1本程度なので血の気が引く瞬間だったのでしょうが、今は15分待てば次の電車が来るので鷹揚に構えていられます。岩瀬浜駅からは徒歩3分と至近のため、想像ですがこの会館、JR時代には列車の待合スペースとしても活用されていたのではないでしょうか。


 会館前の水辺には、「古志の人魚像」と命名されている人魚像が。ここ岩瀬から東の常願寺川の河口にかけての海岸線に古志の松原(こしのまつばら)と呼ばれる約4kmに渡る松並木があり(→参考ページ)、そこから由来しているようです。コペンハーゲンのそれは世界三大がっかりの汚名を着せられていますが、こちらは観光客に取り囲まれることもなく独り静かに佇んでいました。ニーチェ先生に肖って、しばらく彼女と孤独の尊さ豊かさ心地よさについて語り合ってみたり(嘘)。


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 その富山湾の海岸線にも出てみたかったものの、今回は持ち時間が少ないのでパス。途中下車しつつ、富山ライトレールで富山駅へ帰ります。(続く)


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