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2022.08.05

22/07/05 (4)福北ゆたか線・その2【篠栗→直方】

 篠栗線の吉塚から篠栗までは明治期に開通しているのに対し、篠栗―桂川(けいせん)間は筑豊本線沿線から福岡市へのバイパスルートの一部として1968(昭和43)年に開通した区間。走り出してみればすぐに鉄建公団建設線だと判る造りです。この篠栗エリアは古くからの景勝地として知られているそうで、なかでも「篠栗四国八十八箇所」と称される霊場群が有名。車窓からも観光客で賑わっていた当時を偲ばせる観光ホテルの古びた案内看板が見られました。


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 その篠栗四国八十八箇所の第一番札所・南蔵院の最寄り駅である城戸南蔵院前を出ると、すぐに八木山峠を越える篠栗トンネルへ突入。全長4,550m、長崎本線の長崎トンネル(6,173m)に次いで九州の在来線では二番目の長さなのだそうです。新線とは言え開通から既に半世紀、例の酷い乗り心地はこちらの区間でも相変わらず。直線と緩やかなカーブで構成されているためにスピードが乗る同トンネル内では、脱線を危惧して冷や汗が出そうなほどに左右に激しくブンブン振られる羽目に陥りました。これが福岡都市圏の主要な通勤・通学路線の一つであるとは、なかなかの日本離れした環境であることよ。


 すっかりボロ雑巾のようになったところで、トンネルを抜けて筑豊地域へ。全般的に車窓の視点が高めなのが新線らしいところです。


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 鹿児島本線の原田(はるだ)方面からやって来た筑豊本線の線路と合流すると、桂川に到着。こちらも嘗ての貨物輸送──もちろんメインは石炭ですが──と現代の旅客輸送とでは流動がまるっきり異なる、という全国でみられるケースの一例で、原田―桂川間は福岡近郊区間に含まれてはいるものの(*注)、運転間隔が3~4時間開く時間帯もある閑散ローカル線。このルートの選定には建設当時である昭和初期のトンネル掘削技術では八木山峠を越えられなかったという理由も一つにあるようですが、こちらの区間にもまた冷水(ひやみず)トンネルという全長3,286mにもわたる、開通当時は九州一だった長大トンネルが存在します。1980年代までは折尾―原田間が本州直通かつ博多に停車しない特急・急行列車の短絡ルートとして活用されていたため、分類としては地方交通線ながら、炭鉱の衰退後もしばらくは本線格としての体裁を保っていた模様。
*注:SUGOCA及び全国相互利用が可能な交通系ICカードでも、途中下車を行わなければ原田―桂川間の通り抜けは可能。


 平野部に出てしまえば、あとは基本的に田園風景の中を延々と往きます。このさき筑前植木~鞍手間で交差する山陽新幹線の車窓からは何ともなしに見送ってしまいましたが、地平を走る在来線でもそれは変わりません。因みに揺れに関してはこの頃には段々と気にならなくなっていましたが、筑豊本線に入って多少は保線状態がマシになった為か、それとも短期集中訓練の末に単に適応し(てしまっ)た為なのか。


 博多からは40分強、電車は飯塚の街を抜けていきます(下の写真は街の中心を流れる遠賀川(おんがかわ))。さすがに筑豊地域の中心的役割を担うだけあり、博多を出て以来の都市らしい景観。市名を冠する駅としては飯塚とその次の新飯塚の2つがありますが、現在市の中心駅となっているのは新飯塚駅の方です。なお、この駅であの女の子は降りていきました──化粧品か何かの空き容器を席に放置して。さっきは風俗嬢とか服装のセンスがおかしいとか長々と申し訳ありませんでした、たった2文字「クズ」で済む話でしたね。言及はしませんでしたが昨日の西鉄特急の車内でも変な奴を複数見掛けたので、この地域特有の話というわけではないのでしょうけれど。福岡県へようこそ。


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 博多の時点でガラガラだった車内も、新飯塚にて遊び乗りの私を残してとうとう無人に。飯塚からは複線区間になっているのですが、交換待ちの停車が不要というメリットもあるとはいえ、これもまた現代の旅客流動と不整合を起こしている一例です。台風が温帯低気圧に変わった後も依然西日本の広い範囲で大雨への警戒は必要となり、この辺りの空模様も下の写真のようにまだまだ不安定なよう。


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 直方への到着間際に、昨日から大いに気になっていたJR九州の啓発広告をパチリと。シンプル極まる作りの中に強い狂気をはらんでいるというか、このメッセージがギャグと取られず啓発たり得るコミュニティとなれば、それは最早リアルに修羅の国なのでは……


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 遅れの方は最終盤にてようやく取り戻し、定時の10時43分、終点の直方に到着。ダイヤ上の博多からの所要時間は1時間04分です。なお、後続の快速電車は途中5駅を通過するものの、長者原での5分の長時間停車で相殺されて当列車とは1分しか違わないというなんちゃって快速となっています。


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 アルミ合金車体の817系にはここまで乗ってきた無塗装の編成に加えて白く塗装された編成があり、ファン界隈では前者には銀缶、後者には白缶というあだ名が付けられているそうで。塗装の有無だけでなくアコモデーションも大きく異なるのですが、乗り継ぎ先の列車のアコモが白缶仕様なので、また次のエントリーにて簡単にご紹介します。


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 ホームの向かい側では11時15分発の快速博多行きが発車待ちをしています(※先行して10時45分に普通電車が発車)。車両はこちらも後刻乗車することになる813系。鹿児島本線経由の電車との誤乗を予防するための配慮として、方向幕の地色が黄色になっています。こちらのR017編成は3両編成のうち両端の先頭車が転換クロスシート・中間車がロングシートという座席配置で、アコモに絞れば福北ゆたか線で運用される一般形車両のうち、国鉄型を除いて最も古いこちらの形式が最も快適であろうというJR九州あるあるです。


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 車両基地を併設した広大な駅構内。筑豊地域に点在した炭田に接続する路線の多くが消えたのちも元国鉄→JR伊田線は平成筑豊鉄道の路線として健在で、また10分ほど歩いた所にある筑豊直方駅からは筑豊電気鉄道も発着しており、かくして直方は今も鉄道の街としての姿を留めています。両線がコラボしたフリーきっぷも発売されているので(→公式ページへ)、これはひょっとするとまた再訪することになるかも…?


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 直方駅は近年橋上駅舎化されており、真新しい施設と味のあるデザインの上屋をもつ旧来のプラットホームとのコントラストが素敵です。


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 朝夕夜には博多と折尾・黒崎・小倉・門司港間を直通する電車も運転されていますが(※上記の黄色幕の理由)、データイムは直方で系統分割されているので乗り換えが必要。というわけで次回へ続きます。

(2022.07.05)

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